2001年10月ハンギョレ21 381号

男性の障壁を越えた‘才能’-‘女性監督’というタイトルもまもなく消える
[ 文化 ] 2001年10月24日 第381号


男性の障壁を越えた‘才能’
‘女性監督’というタイトルもまもなく消える… 周辺人のぼろぼろの生を描き続ける計画


写真/ (イ・ジョンヨン記者)

96年 <三人友達>でデビューしたイム・スルレ監督が、久しぶりに新しい作品を出した.
学校と家庭, 社会の日常的暴力の間でいつの間にか崩れてゆく二十歳の若い彼らを描いた<三人友達>と<ワイキキブラザーズ>は似ているが異なる映画だ.
タイトルから感じられるように、この作品はうまくやっていくというよりは、没落して困難なバンド演奏者の生を描く.
高等学校の時期、ビートルズを夢見たあるバンドのギター奏者が“夜のビートルズ”, 実像はそれよりも思わしくない‘伴奏者’として生きていきながら体験する疲労と挫折感が、感動の物静かな視線を通じて観客の胸の内へ深々と迫る.

イム・スルレ監督は、初期短編作 <雨の中の散歩>をはじめ、この作品に至るまで、映画も, テレビも, そして自分自身までもなかなかみつめようとしない周辺部の人間たちの生を凝視する. 男たちの話を描きながらも、このように周辺部から視線をもどすことができないのは、生まれが既に非主流である彼女の性が無関係ではないように見える.


-新しい作品構想に、とても長い時間と精魂を込めたようですね.

= <三人友達> が終わって、田舎で2年 間、何も考えず休みながら暮らしました. 毎朝登山して薬水を汲んで, 時折近くの大学の講義にも行きながら平穏に暮らすのがあまりにも幸福で、映画を作りたいとも思いませんでした. <ワイキキ…>の構想をするようになったのは、白紙状態でソウルに上がってきた後, 99年中盤からです.



-<ワイキキブラザーズ>の出発点はどこですか.

= キャラクターや主題より、空間から出発しました. 退廃した遊興都市とワイキキという単語が与える不条理な感じがあります.
80年代、釜谷ハワイとか水安堡ワイキキとかという名前の遊興都市がきらめいていたことがありました. しかし、90年代になって、完全に衰落しました. 取材のために行ってみると、当時は水安堡の象徴だったワイキキホテルも、ほとんど開店休業状態でした.
衰落した遊興都市, 地下キャバレー, こういうものとつきものの周辺人たちの姿を考えて, 自然にキャバレー伴奏バンドが主人公になりました.



-バンド映画なのでそうなのでしょうか、音楽使用が引き立って見えます. 特に、最後の場面で流れる<愛の他には私は知らない> 公演場面が印象的です.

= 高等学校の時、多くの子供達が羨望するバンドは、純粋性や未来に対する夢の反映体です. 彼らが学窓時期に演奏した音楽とナイトクラブで演奏する音楽とは、幼い時期の理想とぼろぼろな現実の対照をよく表しているようでした.


-<三人友達>に続き、また男の話かという女性ファンたちの愚痴も多いですね.

= 意図的に男の話をするとか、男たちの世界を描くのではありません. 状況によって配置される人物が、二作品で男だったというだけです.
<三人友達> の時に言いたかったことは、韓国社会の暴力性でした. 学校暴力, 軍隊暴力を除くことができなかったし, 自然に男性が主人公になったのです. <ワイキキ…>で、夢と現実の乖離を見せてくれる主人公がキャバレーバンドの演奏者なので、男の主人公になったわけです.
しかし、韓国社会の暴力性や没落した夢に対する悲しさのようなものは、小市民ならば男女を問わず共有する情緒ではありませんか?



-忠武路(註:地名.韓国のハリウッドと呼ばれ、映画産業が集中している)に女性の後輩がどんどん増えました.

写真/ 5年ぶりにイム・スルレ監督が出した新作 <ワイキキブラザーズ>は、ビートルズを夢みる "夜のビートルズ"になった30代男性のぼろぼろな現実を写実的に描いた.

= 本当に感無量です. 女性監督がたくさん出てくるほど、韓国映画が多様になるということです.
同じ映画を作っても、女性監督は自身のスペクトラムが強い方です. 映画文化自体がいまだに男性中心的で、他の分野のように、人脈, 学閥などが強く作用する所に女性が進出するのは、そのような輪を破る程才能の検証受けたということでもあります.



-韓国で女性監督として生きるということは?

= 他の分野の女性たちが感じる程度の不便さ程度ではないでしょうか?
社会が変化しながら映画界も変わったのです. それだけ、女性の進入障壁が低くなりました. もうすこし経てば、監督という肩書の前につく女性というタイトルも消えるようになるでしょう.



-女性監督が作る女性キャラクターにも会ってみたいです.

= 参考までに、次の作品は、思春期に入った女の子たちの話です.
 しかし、どんな性か、年齢か、私がスクリーンに上げたい人物は、外形的にはそれほど魅力もなくて, 幸福にも見えない人々です. 彼らの生は、みすぼらしく見えますが、世俗的基準にすがって暮らす人々よりも具体的な生活を送っているというのが、私の考えです. <ワイキキ…>に登場するノ・フナやイ・オンジャを見ながら、“君は偽者だ”と無視するのではなく、知っていながらも受け入れる人々です.
問題は、多くの人々がこういう人物を映画で見たくないということにあります. 彼らをどうやって観客の近くに連れていくかが、私が解いていかなければならない宿題です.


キム・ウンヒョン記者 dmsgud@hani.co.kr