2001年11月ハンギョレ21 384号

ソウル 東大門 ミリオレで ‘夜タイム フル’で服を売って、お客さんを観察する
[ 記者が飛び込んだ世の中 ] 2001年11月14日 第384号


ソウル 東大門 ミリオレで ‘夜タイム フル’で服を売って、お客さんを観察する

写真/ このお姉さんは、価格を尋ねた後、一度は去ったが、また戻ってきて着てみると気分良く服を買っていった. '買うとは思わなかった' 何人もいないお客さんの中のひとりだった. すでに4着めだ.

20代序盤に見えるお客さんは、初めに上着とスカート, ズボンが濃い灰色の‘スリーピース’を選んだが, 薄い灰色, 黒い色, ストライプまで、それもサイズを食い入るように見る.
私は口ではずっと、“お姉さん, 色合いが確かにいいですね. きちんとお化粧すれば、本当に正装だと言えるスタイルですね”などと、おだてるが, 内心ではマンガ本に出てくる豚風船を描く.
‘買うの, 買わないの. 買わないのなら、早く行ってよ.’‘66サイズもあるのに、なぜ、わざわざ55を探すの?’着てみるだけのために来たのか, “もう一度廻ってきますよ”という言葉を残したまま、あっけなく消える. 残ったのは、山のように積まれたしわくちゃの服のかたまり.


整理する間もなく、今度は10代後半くらいのあどけないお客さんたちがやってくる. ひとりがマネキンに着せたチェックの毛織コートを選んでいると, 後ろから、けばけばしい, 思ったより高い, 肥って見られる…, ケチをつけ始めた.
何件か先から友人が呼ぶと、挨拶もないまま服を蹴飛ばして離れていった. マネキンに着せた服は、最も小さな55サイズを、それも、やっとのことで着せたものだ. マネキンより痩せた人がいない以上, 当然‘期待する絵’よりは肥って見えるしかない.

私はそろそろいらいらし始めた. そばにいた販売員 チェ・ジョンリム(30)さんが一言慰める. “気にしない,気にしない. あの程度はなんでもないよ.
何度もやってきて、着るだけ着て、値段を根拠もなく値切っておいて、そのまま行ってしまう子も多いから.”
瞬間, 普段の‘自分の行い’が、走馬燈のように浮び上がって、額に汗が流れた.

前後するが、私が東大門 ミリオレで夕方8時から明け方4時40分まで‘夜タイム フル’で服を売ったのは、11月7日夜だった. ミリオレ衣類販売員たちが‘魔の水曜日’と呼ぶ日だ. 来る人は多くても、買う人がほとんどいないためだ.
周辺の販売員たちの言葉、“週末でもなく, 週始めに必要なものを探すわけでもなく、一晩中の時間つぶしをしようと歩き回る人が多い”という.
この日は、修学能力試験最終日に集まった学生達までが加わり、目が回るほど忙しかった. だが、実績は前日の3分の2にもならない.

ミリオレで服を売るというのは, 元来、パク・スンビン 前経済チーム長のアイデアであった. 社内人事があって、パク・スンビン先輩は<ハンギョレ21>を離れたが, 仕事は残った.
パク先輩が、服を, それも女性服を売ると言い出した時、私は思わずあざ笑った. だいたい、苦悩する知識人、あるいは担任先生のような彼を見て、誰が服を買うだろうか.
消費の現場で韓国経済の未来を見るという意図は尊重するが、パク先輩は女性服のサイズも知らない.
“先輩, いっそのこと、私がやりますよ.” しかし、私はやはり初日はおろおろするしかなかった. 服のホコリをかぶりながら後悔が押し寄せた. ‘そのまま、パク先輩のように突撃でもしていたら. それなら、韓国経済の未来でも読むことができたかもしれないけど・・・.’


“よく見ていても買わないものは買わない”

写真/ 売り場を空けることができないので、カウンターの内側に身を縮めて座ってご飯を食べなければならない. その間、服を何着か持って歩けば、ご飯にうっすらとホコリが積もる.

私が働いた所は、ミリオレ1階39号. 女性基本スーツを取扱う売り場だった.
はじめは、“服をご覧ください”,“一度着てみてください”などの基本用語の他には思いつくものがなかった. 人々は服を見て、販売員を見るわけではないから, どんなに親切で思慮深い表情になっても見てくれる人ひとりなかった. 39号の販売員 チョン・リムさんを真似する以外にはなかった.

そこでは、皆がお姉さんだった. “お姉さん, 見ていって. 勉強するよ.” ぞんざいな言葉にもなった.
すでに2年目にミリオレで仕事をしているチョン・リムさんは、“よく見ていても買わないものは買わない”という. 買う人なら、価格も‘良い’と言い, 買わない人ならば‘安い’と言う. ‘存心(註:心の中で思うこと)’も守らなければならないから.

ミリオレでは、あらゆる単語が縮められている.
お手洗(ファジャンシル)はジャンシル, 非常口(ピサング)はサング, 新商品(シンサンプン)はシンサン, 布地の色(バタンセッ)はタンセッ, 色合い(セッカル)はカル…. はじめは、チョン・リムさんが“あら、シンサンよ”と言った時に何の意味なのかわからなかった. その日に新しく入った商品だという意味だ.

この日の夕方8時になる5分前の出勤の途中. ミリオレ前では、高3受験生のためのイベントが真っさかりだった. 司会者がある青少年を呼んでマイクを向ける. 彼は言われるままに大きく叫ぶ. “ミリオレ愛してます!” ミリオレ(Migliore)は イタリア語で‘より良い’という意味. 10代がミリオレをはじめとする東大門ショッピングモールに集まる理由は、見物する所が多いこともあるが, 一晩中店を開いているので、お金がなくて行く所もない境遇では、時間をつぶすのに適当なためでもある.

それで、彼らはより良くなったのだろうか?
華麗な外観のミリオレは子供たちにとっては非常口だ. そこでは、夢と希望で包装した消費の欲望をためらいなく味わうことができる. 男の子たちは、コピー品の手提げ鞄にこれもコピー品のコートを着て, 女の子たちはまつげを付けて髪を膨らませて婦人服をひやかして歩く. しかし、三々五々に群れ集まっている子供たちの中には、すぐには一夜の寝床の確保が難しい者が多い. 彼らは仕方なくミリオレをぶらつくか、始発電車に乗って空いている友人の家を訪ねたり, そのまま人生の道に迷うこともある.

“あっ….” 深夜12時をすこし過ぎただろうか. 客が少ないうちにトイレに行こうと、商品台を越えようとして、服に足がひっかかり、私は廊下に倒れるように落ちた.
驚いて周囲を注意深く見たが、幸い、過ぎたお客さんたちは神経を使わない. 売り場の前の商品台は、一着でもより多く積むために、人が出入りする通路もなかった. トイレにでも行くなら、商品台を越えていかなければならない. 新商品をたくさん入れた日には、商品台を越えるのが、垣根を越えるかのようだ.

深夜12時が近づくと、大衆交通利用客は引き潮のようにいなくなる. わたしたちは、8階の食堂街にご飯を注文した. およそ30分前には注文しなければならない.
待つ間、非常口に行った. タバコの煙とひんやりしたそこは、販売員や配逹員の唯一の休息空間だ. 配達中の料理がお盆の上に置かれていた. 時間当り2500ウォンから3000ウォンずつもらう幼い配逹員たちがしゃがんで煙草を吸う間に、料理はどんどん冷めていった.
売り場を空けることができないので、販売員たちは配達料理を売り場の内側で身を縮めて座って食べなければならない. この時、お客さんが来ると、本当にご飯の味はぱっと逃げる. この日もそうだった.


威勢のいい‘行け行け’お姉さんたち

写真/ 毎日明け方4時40分、ミリオレが門を閉めると近隣の卸売市場にその日の分の服を仕入れに行く. 取引は無条件で現金. この時に新商品を注意深く見回す.

キムチチャーハンとのりまきを食べているときに、大学生に見える2名がグレーのスーツを指した.
合うサイズを探して、着るのを手伝って、鏡を置いて向けてあげたのに, 服は見ないで自分の顔だけに気が向いていた. そして、他の服をまた出してくれと言っておいて、“まあ, たいしたことないね”という言葉だけを残して行ってしまった.
服を着てみるのは当然だ. 買わなくてもかまわない. ただし、あれこれケチをつける時, 根拠もなく価格を値切る時, そして挨拶もなく去ってしまう時は本当に残念だ. 販売員も人である以上, 丁寧で、ポケットに持っているお金と合わなくて困っている者にはさっぱりと割り引く. だが、ご飯を食べている最中に来て、一生懸命面倒を見させておいて、そのまま去ってしまうお客さんは薄情だ. その間にご飯にはホコリがかかってしまうのだ.

20代中盤のある‘お姉さん’に‘スリーピース’一揃いを9万ウォンで売った!
売り場を何度もながめて行った彼女は、服を選ぶのに時間はかかったが、現金で払ってくれて気分が良かった. それで、5千ウォン割り引いた. だいたいマージンを50%くらいは残すと言われているが、実際はそうではない. 卸売市場で4万ウォンで仕入れた服を6万〜7万ウォン線で売る程度だ.

ずっと立って仕事をするので、すぐおなかが減ってくる.
管理団がミリオレ内にある料理だけを買って食べるように統制するので、販売員は間食も思う存分できない(サービス業者とつながっている施設管理団はことごとに難癖をつける.
写真フラッシュが光ると無線機を下げた警備員が脱兎のごとく走ってきた. 19階の運営委員会に上がって写真取材の許諾を受けた. その後、少ない撮影時間の間、警備員一名が写真記者に終始チョロチョロ付いてまわった).
警備員たちに顔が知らされなかった私が、お金を割り勘して、外に出てミカンと焼き栗などを買って来た.

77サイズ以上を取扱う売り場はそんなに多くない. 大きなサイズは合せるしかない.
到底77サイズも合わないようなお客さんは、私が88サイズも合わますよと話すと, “88なんか着ない”と背を向ける. そのような場合、丁度付け加える言葉がある. “私たちの服は、もともと一サイズずつ小さく作ってあるんです.”すると、ひとたび背を向けた彼女がまた振り返った.
 チョン・リムさんは、男女が一緒に来て、“私は55サイズです”と言って服を買った後、翌日交換に来る人もあると耳打ちする.
サイズ強要社会の雰囲気は、販売員たちにも例外ではない. 夜勤務者は健康管理と体型管理のために、勤務が終わると相当数はヘルスクラブに立ち寄った後、退勤する. チョン・リムさんもそうだ.
ただし、“一晩だけでものどがひりひりするほど埃を吸い込むため、一週間に一度程度は豚肉をつまみに酒を飲む”という.

明け方3時前後. きっちりときめた女たちがやってきた. 営業が終って来た、いわゆる‘行け行け’お姉さんたち.
彼女たちの特性は、絶対に長居しないということ. 指で服をひとつひとつ指して下ろさせると、上着だけをかけてみた後、小切手で払って去っていく. 威勢がいい. 反面、ズボンの長さが合わなかったり、修繕が必要ならば、“後でまたきますよ”と、容赦なく去る. 彼女たちは、すぐに着る服を探しているため、修繕費を差し引いてあげるなどの取引が通用しない.


ニューヨークテロ以後、販売高が半分に

同じような年代のお客さんと販売員の姿だったので気分が妙だった. 一方は少しの気の迷いもなく小切手を使って、一方は月曜日だけを抜いた一ケ月間、脚が棒になるような夜間勤務をしても65万ウォンからというお金を得るのだ.
販売員たちは経歴によって賃金が違う. 初任給は概して65万〜70万ウォン, ベテラン級は 130万ウォン線. 売上げによってインセンティブもあり、昼の勤務と夜間勤務の月給も差が出る.
年齢も経歴も多様な販売員たちには、各々夢がある. 向い側の売り場の33号で働くパク・コヨン(21)さんは、故郷の全羅北道ジャンスを離れて美容技術を学ぶ3ケ月前からこちらで仕事をしている. 彼女の夢はやはり、いつかは自分の売り場を持つこと. 仕事によって売り場別売上げに差が出るので, 両手の袖を捲り上げるに値する. 私が働いた39号も、良い日ならば、一夜のうちに100万ウォン以上の売上をあげる.

ミリオレ服売り場は、計950余店, 食堂街と雑貨店まで合せれば、1700余店が8階にわたって布陣している.
‘壁際’,‘コーナー’, ‘ボックス’と売り場を分類するのだが、売買価格と権利金も千差万別だ.
人々が大きく導線を描くために、壁際の売り場の方が商売がうまくいき、コーナー売り場もまあまあだ. ボックス形態の、中間通路にある売り場は、差別性のある物を置いて視線を引く.

 僅か2年前まで、ミリオレは‘無尽蔵’と呼ばれたが, 店主中の30%は金を儲けていて、30%はとんとんで、30%は損をして離れるらしい. ニューヨークテロ事件以後、販売高は半分に全く落ちた. それでも、空の売り場はない. 売り場売買価格は、基本2億5千万ウォンから出発し、販売台を二つ付けた売り場やエレベーター周辺の‘コーナー’等は4億ウォンも扈駕する. 仮に、商売をしようとするなら、権利金と追加金, 物を仕入れる費用まで、概略5千万ウォン程度を投入するらしい. 賃貸の場合、一ケ月賃料は250万ウォン線だ.

売店で600ウォンのコーヒーを注文して飲みながら睡魔を払っていた時, 最悪の客がやってきた.
男の子二人, 女の子二人でやってきた彼らは、バタバタと“お姉さん, ねえ、ちょっとこれ捨ててよ”と、空のコーヒー缶二つを押し付けてきた. この程度のことで服を売れるならと、私はそれを受けとってビニール袋に入れた(売り場の中にはゴミ箱がない).
 ひとりの女の子がスーツを選んで着ているのを、そばからパートナーの男の子がけちをつけ始めた. “あーあ、いったい、なんでそんなどうしようもない服がいいのかねえ.” 私が聞いていることは関係ないようだった. ‘こういう礼儀をわきまえない…’という言葉がのど元まで上がってきたが、今回も飲み込んだ.
私はおしゃれを褒めて雰囲気を盛り上げた. 二着くらい試着した後だろうか, 男の子がずっと文句をつけていた女の子は未練たっぷりな目で離れた. 私は男の子の後頭部をにらんだ. 突然、男の子がさっと振り返ると、私に迫った. 瞬間、ぎくりとしたが, 彼の用件はチリ紙を捨ててくれということだった. ‘本当になんでもするよ.’


明け方5時, 物を仕入れにいく

写真/ 販売員たちは'喉に入り込んだホコリを洗うために' 一週間に1・2 回ずつ、退勤後の明け方酒を飲む.

明け方4時が近づくと、動きがせわしくなった.
この日の売上げは60万ウォンにもならなかった. 服を売った時々に売上げ伝票と小銭(つり銭)を合わせて, 製品別在庫量とサイズを記録しておかなければならない. 売上計算をするチョン・リムさんの代わりに雑巾を早くかけることにした. トイレの外にまで列を作っている. ミリオレでお客さんが最も少ないトイレは、地下1階のトイレ. ほとんど常にチリ紙も備置されている.

DJが速い歌を流し始めた. 閉店時間が迫ったのだ. 建物中央のエスカレーターが降りる方向にだけ作動した.
4時40分, ついに、グループ ターボ バージョンの“今は私達が別れなければならない時間…” 音楽が軽快に聞こえる.
時計を眺めて秒読みをした私たちは、売り場に布をかぶせた後、矢のように建物を抜け出した. 東大門一帯は巨大な波のように人々があふれていた. 自家用車とタクシーが渋滞の中でクラクションを鳴らした. この時から昼勤務が始まる午前10時まで、ミリオレは出入が統制される.

最後の日である11月9日金曜日明け方5時. 39号 主人 ソ・スンユンさんと共に近隣の清平化市場に物を仕入れに行った.
売り場を3ケ所持っている彼は、深夜12時頃と終了時に売り場をぐるりと回る. 注文書を渡せば、卸売商が毎日午前に注文品を配達してくれ, 量が少ない日には、主人が手ずから持ってくる.
清平化市場は、ミリオレが門を閉めた直後の5時から門をあける. 背負い荷物屋たちののろい動きに、騒々しい声が入り乱れた. 週末前だったため、どの店も注文量が多かった.

早朝、帰途. 地下鉄の駅には、からだによく合わないスーツにハイヒールを履いた10代の何人かが一晩中回って疲れたのか、お互いもたれかかって、まだうとうとしていた. 物をひとかかえずつ抱えた小売り商たちも、からだをかがめて座っていた. 地下鉄が到着した. 出勤する市民たちの間にからだを混ぜた. 長い夜だった.


文 キム・ソヒ記者 sohee@hani.co.kr
写真 イ・ヨンホ記者 yhlee@hani.co.kr