2001年11月ハンギョレ21 385号

“私は思いきり官能的でありたい”
[ 文化 ] 2001年11月21日 第385号

“私は思いきり官能的でありたい”
フェミニスト歌手 ジヒョンの挑発的な問いかけ… “なぜ、女性は楽しみに罪の意識を持つのか”

写真/ (パク・スンファ記者)

“わたしの指先がわたしの全身を温かくやわらかく あ〜あ〜/

わたしの全身に隠れている、わたしの悦びを、わたしの歓喜を あ〜あ〜/

赤くなるわたしの唇をやわらかくしっとりとするように あ〜あ〜/

わたしの熱いわたしの息遣いは、あふれ出るわたしの欲望は あ〜あ〜あ〜あ〜.


フェミニストであることを、堂々と話しなさい

女性歌手の官能的な声を聞いて、赤い灯の下で行われるエロチックな想像がタイトルを聞くと‘ぱっと’破られる. <マスターベーション>. 何故、そうなのだろうか? マスターベーションはエロチック?

マスターベーション, 特に、女性のマスターベーションは、あたかも元来からなかったかのようにタブー視されてきたためだ. 歌手 ジヒョンは、平然として, いや、肉感的に自身のからだを触りながらこの歌を歌う. 肉感的な女性歌手は多いけれど、男性ではなく女性の官能を呼び覚ます歌手は、恐らくジヒョンが初めてであるだろう.

“女性たちは、何故、自身の楽しみに関して罪の意識を持たなければならないのか. 私の性器で, 私の文化的趣向で, 私の政治的権利で、私の楽しみがなにか関心を持って啓発しようという意味で、この歌を作ることになりました.”
舞台上の官能的な姿とは違い、小さな体躯とあどけない顔のジヒョンは鮮やかに答える. 97年から本格的な活動を始めた歌手ジヒョンの名前の前には‘フェミニスト’という修辞がつく. そのまま、女性歌手として生きないために、彼女が自ら命名したタイトルだ.

“ソロで活動する前、バンドでボーカルをしていたときには、一般人や音楽をする同僚たちが歌う女性をミュージシャンではなく、楽器みたいな道具として考えているのが耐え難かったのです.”誰と共に音楽をして幸福か, どんな人々の前で歌うかと悩む過程で、フェミニスト歌手という名前を持つようになった. 自然にアンチミスコリア大会のような女性関連文化祭を中心に活動をしてきた. フェミニストの間で、彼女は既にスター歌手でもある.

しかし、事実、私達の社会でフェミニストというタイトルは、まだいばらの冠だ.
特に性的コードと物神化された肉体があふれ出る大衆文化で、フェミニストであることを自認することは相当な負担だ.

“フェミニストが特別なことでしょうか? 女性が人間でなかった時代もありましたね. いまは住民証も出て(笑い), 女性としての正体と実体性も持つようになった歴史を顧みれば、自分がフェミニストではないとは言えません.”

それで、いつも自信があり, 決して男に負けない女性歌手の先輩がインタビューで、あたかも“生まれ損ないです”とでも言うように“わたしはフェミニストではありません”と話す姿を見た時、非常に残念だったという.


女性の日常を覗き込む

フェミニスト歌手だからといって、彼女の歌が両性平等や女性差別撤廃などをスローガンのように叫んでいるわけではない.
<マスターベーション>のように、女性自らをながめること, 女性として暮らす日常に関する話が、ジヒョン音楽のテーマだ.

“おじさん その足をちょっと閉じてください/ おじさん その 新聞をちょっとたたんでください/ 生暖かい腿を押し付けないで/ ひらひらたなびく新聞紙がわたしの神経を切る”という<おじさん嫌い>の歌詞も、何年間も地下鉄に乗って通って彼女が感じた憤怒で、フェミニストでなくても, 女性ならば一度以上は感じた話だ.

来る11月23日と24日、ジヒョンは大学路で‘藍紫色に染まる’というタイトルで公演をする.
藍紫色は、夫の兄に強姦された後、知らせることができないように舌を切り取られた妹が赤紫の糸で刺繍をしてお姉さんに助けを求めて共に解決したというギリシャ神話に起因した女性主義の象徴色だ.
このコンサートは、女性主義ミュージシャンたちの系譜を作る場であり、初アルバムの製作費を用意する後援会の場でもある. “フェミニストがどれくらい官能的で誘惑的でありえているかを見せることができる舞台を作る考えです.”

公演問い合わせ 016-699-4970, 016-736-1519.


キム・ウンヒョン記者 dmsgud@hani.co.kr