2001年12月ハンギョレ21 390号

決して休まない女性, 大型マートディスカウント店 清掃班長 チェ・ギョンジャさん
[ ヒューマンポエム ] 2001年12月26日 第390号


"清掃が面白い, 本当に!"
決して休まない女性, 大型マートディスカウント店 清掃班長 チェ・ギョンジャさん


写真/ (パク・スンファ 記者)

新都市のある大型マートで清掃担当をしているチェ・ギョンジャ(52)さんの出勤時間は夕方6時半. 勤務現場で彼女に会った.
一日の終わり頃、売り場に入る顧客たちの表情は徐々に生気が失せていく反面、彼女には活気があふれる.

“そう, 私たちはこの時間になると元気いっぱいですよ.”

夜間清掃班の勤務時間は、夕方6時半から翌日の明け方5時まで. 普通の人々とはまさしく昼と夜が入れ替わっている.


夕方10時, 売り場の床の主人になる

清掃は、しばしば言われる3D(註:日本では「3K」)職種のひとつだ.

“清掃の仕事をすることを人々がどう思っているでしょうか? まあ、どうでもいいのですが, ちらっと見ても無視するような人たちが多いけれど、気にしません. そのようなことにいちいち神経を使っていたら生きられないでしょうよ.”

ちょっと見の印象からははっきりと物を言うように見えるチェ・ギョンジャさんは、認めるべきことは認めて生きるという主義だ.
“私たちのように何も持たず, 何かを習ったこともなく, 技術もない” 人々, ‘この年齢のアジュマ(註:おばさん)’が仕事をできるということだけでも感謝すべきことではないかという話だ.

彼女は即ユニホームに着替えて売り場に出て、人々が混雑する所に立って四方を見回す. 同僚のバンさんはすでに果物を入れていた空のボックスをカートに積んでいる. 床のどこかに水がたれている所はないかと注意深く見る. ローラーブレードを履いて売り場をびゅんびゅん行き来する子供達が床が滑って倒れてしまったという声を聞きたくなければ、いちはやく拭き掃除をしなければならない.

“私なら子供にはそのようなものを履かせてこないけれど、最近の母親達はとても甘過ぎるよ.”

売り場の営業が終わる10時まで、あたかも魚が水中を泳ぐように、柔軟に専門的な姿勢で麻袋とビニール袋を持って上下の階を行き来して仕事をする.

“10時までは本当に時間がゆっくり過ぎますよ. 時によってはとても退屈な程です。”

しかし、一旦10時を過ぎると、清掃チームは活気を帯びる. ‘売り場の床’の主人になるのだ. もう公式的なユニホームを投げ捨てて、仕事をするのに気楽な自由な服装に着替える. ショッピングカートに麻袋と雑巾, ワックス缶などを積み込んで、機械も運転する.

レジ台の下は特に隙間の所を熱心にやる. ホコリは見えない所に積まれることを好むからだ. 今日は飲料台の下にワックスがけをする. まず、底の方から埃をかきとる.

彼女の同僚は、計13人. しかし、出入りする人々が頻繁なため、全体人員の数字は揺れ動いている.

“我慢できない人も多いでしょう. とにかく夜働くことは、昼働くことよりもつらいから、身体的に耐えるのが難しいということもあるし, また、清掃するということをとうてい自分が容認できない者もいるのだと思いますよ.”

事実、同僚のバン・ヤンイル(61)さんは、すでに仕事を始めて2年近くになるが、彼女もそうだった.

“会社を運営していたのですが、どうにもならなくなりました. 初めの一週間は、ユニフォームを脱いで家へ行こうかとさんざん思ったものです.”

いまは、周囲の皆が勇気ある行動だと讃えている.

“だれかの世話になりながら生きなければならないより、百倍良いですよ.”


“ぶらぶら遊びながら、こういう仕事は嫌だとでも?”

チェ・ギョンジャさんは元来ハイトーンな彼女の声を一層高める.

“ああ, 少ない働き口がますますなくなっていく世の中だというのに、わたしたちは人を求めることができなくて大騒ぎです。 人が来ないのですよ, ええ, 何故働かないのかわかりませんよ. ぶらぶら遊びながら、こういう仕事は嫌だとでもいうのでしょうか. 何なんでしょう.”

彼女は本当に理解ができないという表情だ.

深夜12時から明け方1時は、夕食を食べる時間. 最近は会社であらかじめ食事の仕度をしてくれるために、食堂でお茶を入れるだけで良い. 勤務環境が良くなったのである.

夜が深くなるほど、清掃は難易度と内容が濃くなる. 初めて仕事を習った時は、うずくまって座って、手の力を集めて床を磨いた. しかし、既に彼女はワックスマシンを扱うベテランになった.

“面接で、所長様がどうしてこういう仕事をしようというのか, できるか聞きましたよ. それはそうですよねえ. 人がやらない仕事をなぜやるのかと. こういう仕事がみなそうですけれど、はじめはビニール袋から始まるものなんです. ところが、私はなんでも習いたいのです. 機械操作にしても, 何も心配していませんでした. それで、休み時間に行って尋ねて学んだのです. 結局は仕事を皆うまくやり通すことができるようになりました. そのようにすれば、初めは誰もできないようなことでも、結局はできるようになるんです.”

2年前、彼女は清掃班員中の一番上になった. この仕事をする前、幼稚園に食事を供給する仕事をしていた. 引越しでその仕事をやめて、情報新聞によって仕事を捜し出したのである.

事実、彼女は五十年を生きてきながら、一度も仕事を手から離したことがないキャリアウーマンだ.
7人兄弟姉妹の頭である彼女は、十九から、働けなくなった父の代わりに家族の生計を預かった.
“私が働いている途中で嫁に行くと、その次の妹がまた働いきたのですよ. 私はずっと遊んだことががないですよ. 子供を持った時にも副業をしましたよ. なんだか、糸巻きのようですね….”

彼女は兄弟姉妹を皆大学に送った. 娘は卒業して職場に通っていて、息子は入隊を控えている.
二人の子供は幼い時に友人たちの前で母親の新聞配達車を誇らしく押した. チェ・ギョンジャさんは、その点を本当に‘幸せ’に思う.

“子供の小学校入学式に手を取り合って行って以来、一度も学校の門を通ったことがありません. 時間がなくてね. ある時は一日にいくつもの異なる仕事をしたものです.”

朝は新聞配達をして、昼にはアパート消毒をする仕事をして, そして、時間になるとヤクルト配達をして. 家政婦仕事もその間にはさんでいる. 彼女のキャリアには訪問セールスも含まれているのだが、その多くの仕事中に入れたくない品目だ.

“アパートのチャイムを鳴らして、どれほど文句を言われたことか. やっと子供を寝かしつけたのに目をさまさせたと・・・, それで、私が昼に睡眠をとる身になってみると、本当に頭にきますねえ, ふふふ….”

もし、仕事をしていなければ、何となく寂しくはないだろうか? 有識な言葉で言えば、ワーカホリック.
“いや、そのようなことはなく, 私はそのまま仕事をしないで過ごすと、一日があまりに惜しいという気がするのです. 何故、じっとしていながらお金を捨てたいのでしょうね. すこしでも働けば5千ウォンや一万ウォンでも稼げるのに, そういう気がするのですよ.”

夜間に仕事をしなければならないということに夫は反対しないのか?

“どこの夫が、毎日夜ごと妻が仕事に行くことを好みますか. しかも、こういう仕事に行けと言うならば、そんな夫はそのまま放り出しますよ?”

チェ・ギョンジャさんの夫は、現在、北朝鮮の建築現場に出ている. 3ケ月に一度ずつ家に立ち寄る. 今だけがそのようなわけではない. その前にはインドネシアにいて、その前には中東だ. そのまた前には、家庭の生計現場にいなかった. 主に経済的に負担をかける側だった.


北に行った夫?

写真/ 清潔になった結果を見届けると、気分が自ずと良くなるというチェ・ギョンジャ(右側)さんと彼女の同僚たち.(パク・スンファ記者)

“えーと, 夫が家族を養うという考え方をしなかったんです. 最近はそうでもないけど. 私が働かなかったら、全部餓え死ぬところだったでしょうよ.”

実は、彼女はまだよく知らない. 夫が彼女が気づかないうちに彼女を働き者にしたのか, でなければ、彼女が非常に働き者であるから夫がいつの間にか陥ってしまったのか, その点がミステリーだ.
ともあれ、100ウォンを稼ぐのに200ウォンを使う夫と別れなかったことが、“とても良かったみたい”と、彼女はぱーっと笑う.

“別れても、何をします. もしそうしてみたところで、他人の息子を育てるだけですよ.”

経てきた生の流れを泳ぎきってきた原動力は、まさに彼女の楽天的な性格だ.

彼女の友人たちは、ねえ, どうしているの, 私たちと昼の生活をしようとせがむ. 継母と, 温泉に遊びにも行ってこいという話だ.

“健康である限り、働きますよ. でも、この仕事が大変なのか、もう指の節節が痛いです. 年齢はうそをつかないですね.”

手をもみながら話を続ける.

“私たちのような年齢で、どこに行けばまた働けますか. それでも、ここがおもしろいですよ. 本当に.”

彼女は“おもしろいですよ”という言葉を本当に頻繁に使う. 彼女の面白さとは、どんな意味だろうか?

“このように、人々が誰もいない真夜中に仕事をすることがどれくらい良いことか. 清潔になっていく結果を見届けていると、気分が自ずと良くなります. 新聞配達をしていた時は、山のようだった新聞が一つ一つ減っておもしろかったし.”

たぶん、彼女は面白味などとてもない状況でも、この言葉を頻繁に使うだろう.

つま先まで冷える明け方、退勤時刻の5時. 同僚たちと屋台へ行く. 温かいおでんとうどん. 焼酎一杯ずつを付け加えざるをえない.

“実はね, きつい日々を送っている人々の方が情がありますよ. 私達が行く時間なら、屋台の人々も仕事を終える時間ですよ. お互い苦労様と言葉を交わして腰を下ろすと、そのまま半値で出してくれます. ああ, どんなにおもしろいか.”

新年を迎える明け方、彼女の明るい笑い声が広まる. これからは、私達がなにげなく踏んで歩く大型売り場の、その‘広い床’が、どうして一様に清潔かがわかった. 見えない誠実な苦労が、世の中をふき取り、磨き上げているためだ.


クォン・ウンジョン/ フリーライター