2002年2月ハンギョレ21 396号

‘人権少女’大学へ
[ 人の話 ] 2002年02月05日 第396号

‘人権少女’大学へ

写真/ (イ・ジョンヨン記者)

“10代にもセックスをする権利がある!” 2000年 12月 <ハンギョレ21>(337号) 誌面で、率直で堂々とした青少年の避妊権, 性的自己決定権を主張した少女を記憶しているだろうか.(註:当サイトでは該当記事を掲載していません)
計4名の青少年が唾を飛ばして繰り広げた‘10代の性’論争は、インターネットを通じて出演者たちを一躍スターにした.
当時、唯一自退生(自主退学生)の身分だったジャン・ヨジン(17)さんは、その後も、‘学生の人権と教育改革のための全国の中・高等学生連合’事務室の常勤をして、頭髪制限 撤廃, 学校体罰反対, 学校運営委学生参加, 教科書改革, 青少年の働く権利など、青少年運動を活発に繰り広げた.

昨年、"正しい教育映像集団"が彼女を主人公に、あるドキュメンタリーを作り、名前の前に仇名もついた.
ドキュメンタリーのタイトルは、<人権少女 ジャン・ヨジン>(www.wenzy.com で見ることが出来る).

人権少女が今年には大学生になる.
聖公会大で2度目に実施した市民社会団体代表推薦特別選考(3人)で、"人権運動広間"の推薦で社会科学部に合格したのだ
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“バイオリンをする子供たちがバイオリンを一生懸命にして音大に行くように, 自分の場合も慣れない分野ではありますが、開拓しなければならない部分として信じています.
中・高等学生運動をして、大学に行くことになったのは初めてですから、開拓者としての責任感が大きいですね.
ただし、自分の場合が歪曲して伝わって、大学に行くために中・高等学生運動をするような、歪曲したブームが助長されないか、すこし心配でもあります.”
 
入学まで一ケ月余り、残った時間を彼女はあらかじめ授業準備をするのだと意気込む.
‘早生まれ’だったお姉さん(18)も、今回、世宗大社会科学部に合格し、ふたりの登録金を合わせると600万ウォン.

“両親の腰が曲がるほどの金額でしょう. 勉強を懸命にして、奨学金をもらうつもりなんです.‘高等学校時には遊んで、大学へ行ってからしたい勉強を一生懸命にしよう!’これが自分の信条でもあったんです.”

彼女はこれと共に“労働運動, 女性運動, 環境運動など、青少年団体運動家としては座視できない多様な社会運動に接してみたい”と、大学生活の抱負をしっかりと明らかにした.


キム・ソヒ記者 sohee@hani.co.kr