2003年7月ハンギョレ21 470号

行け, 配達の前線に!
イム・ソンギュ記者のクィックサービスマン体験,
[ 記者が飛び込んだ世の中 ] 2003年07月31日 第470号

行け, 配達の前線に!
イム・ソンギュ記者のクィックサービスマン体験, ハラハラ曲芸さながらに道を縫う
ハラハラした一日一日.

車両間を危険に駆け抜けたり, 時速80kmを超えれば手が震えたりする.
それでも、成功裏に任務を完遂すれば、やりがいを感じる.
ソウルの道を縫ったイム・ソンギュ記者のクィックサービスマン体験.

ブルーン〜 ブルルン.
7月21日午後2時、ソウル江南区ノンヒョン駅 交差点.
オートバイのアクセルを握り締めた.
ハクドン駅附近の工場へ行く、初めての配達. 荷台に載せた一抱えの縫製用品サンプルにめいっぱい神経が使われる.
初めての経験のときめきと震えは論外、倒れたらどうなるのか, 事故が起きたらどうなるのかという恐れが先んじた.
それでも、勇気を出した.
信号を待って長く立ち並んだ車両の間の左右の狭間を縫って、徐々に先頭進出を試みた. 道(?)が狭ければ、直ちに機首をわきに返した.
そう、前のクルマと後続車の隙間がオートバイの新しい道だ.


戦場の先鋒に立った騎馬兵のように…

車両運転台から睨んでいる運転手たちの眼差しを考えると後頭部が熱い.
だが、どうしようもない.
クィックサービスマンたちの世界を体験してみると言った以上、‘先輩クィックサービスマン’たちを真似て、充実にしたがうしかなかった.
このように何回か反復すると、いつのまにか先頭だ.
ひとつ, 二つ, 三つ… 12、13. 両側にオートバイがひとつふたつと増え始めると、あっという間に13台になる.
まさに、右側は中華料理店, その隣はピザの配達で, 残りは皆クィックサービスマンたちだ. (彼らは自らを‘タルベ’と呼んだ.‘配達(註:ペダル)’を逆にした言葉だ.)

写真/ 出撃! 道のクィックサービスマンになって、他のオートバイたちと共に信号を待つイム・ソンギュ記者.

信号が変わるやいなや、オートバイは一斉に轟音を轟かせて矢のように走った.
彼らは戦場の先鋒に立った騎馬兵のように見えた.
信号に合せてアクセルを繰り上げる彼らの動作は、突撃信号に合わせて馬にムチを当てて飛び出す騎馬兵のそれと似ていたのだ. 奮起して,敵に向かって突進するアスファルト上の先鋒たち.
気になった. 彼らが狙う敵とは、いったい誰だろうか. なにが、彼らの敵愾心に火を付けたのだろうか.

妻には前日の夜に告げた.
妻は仰天して止めた. 誰が未亡人にさせようとしたのか、問い質した.
どうしようもなく、‘善意の嘘’をついた. オートバイは写真を撮るために格好だけするものであるから、心配するなと気が乗らないように話してごまかした.
妻は半信半疑の表情だったが、オートバイは絶対にだめだと念を押した.
<ハンギョレ21> 企画会議でクィックサービスマン体験をすると言い出したのは、昨年のことだった.
しかし、実際にオートバイに乗ると思うと、 率直に意欲が沸かなかった. 編集長も、保険もないのにケガをしたらどうするのかと止めた. いろいろな理由でごまかして、ふらりと1年が流れた.
<ハンギョレ21>で‘記者が飛び込んだ世の中’を一度もしなかったという気負いが高まった. 後輩たちの眼差しも通常でなく感じられた.
はなはだしきは、ある後輩は“ケガをしたら見舞いに行きます”と、冗談を投げかけて露骨的に圧力を加えた.
決断を下さなければならなかった. さあ, 一度ぶつかってみよう.

“9号, Mビルディング 6階 書類ピックアップ(pick up). 4号は、新林洞 餅配達、急がなければならない. 餅が大きければ1万ウォンもらって, 小さければ8千ウォン受けとることを願う.以上、確認.”
“わかりました, 確認.”

江南区 ノンヒョン洞 住宅街の1階に位置を占めたクィックサービス業者は、戦時作戦状況室を彷彿とさせる.
電話機5台は休む暇もなく鳴って,‘状況さん’(事務室で配達を配分する人)は、差し迫った声で指示を出す.
初日午前中には、全然走れなかった. 社長が、自身が得意なオートバイの乗り方から教えてくれた. 中華料理とピザの配達用に愛用される100cc小型オートバイだ.
内心、フォムナという大型オートバイに乗ってみたかったが、バイク免許がないからできない. 自動車の免許証さえあれば運転が可能な小型オートバイで満足しなければならなかった.
オートバイに初めて乗るのではない.
タクシーにぶつかって道端に転がされたこともあるが、高校の時期にはよく乗っていた.
誤解しないでほしい, 暴走族ではなかった. 高校卒業以後、ただの一度もハンドルを握らなかったので、丁度20年ぶりだ.
ギアの入れ方からまた習った.
黒いベストを着て、 無線機と膝パッドを着けてオートバイに上がると、それなりにクィックサービスマンの格好が取りそろう.


名人たちも‘岡持ちは恐ろしい’

写真/成功的な任務遂行.

ソウル 江南区 新沙洞のある事務室に物を配達する.
昼食を食べて、いよいよ‘初出撃’だ.
縫製用品配達は、距離がそれほど遠くなかった.
江南一帯でもクルマが混むことで有名な所だが、クィックサービスマンにとっては、この程度の車両混雑は問題でもない. つかえていても、車両の隙間を縫って先頭に出る‘秘法’があるためだ.

物を受けとる女子職員にきちんと手をついて礼をして話しかけた.
“あの, 今回が、クィックサービスマンの‘初めての経験’なのですが。”
言って、見たら、鼻で笑っている.
“あ, そうなんですか.お疲れ様でしたね.”
働いていた人々がそれぞれ笑った.
“御苦労さまでした.”
また, ぺこんと手をついて礼をして出てきた.
配達料として受け取った5千ウォン紙幣1枚.
何とも表現できない、妙な気分だ.
状況室に無線を入れた.
“最初の任務成功的に完了.”
“ご苦労様でした.”

2度目の仕事は、有名ゴルフ業者から小品を渡されて配達すること.
今回も、“クイックは初めてだから、不慣れでも理解してください”と言いながら接近する.
“そんなことないですよ. お金は少しにしかならないのに….”女子職員はやさしい微笑を浮かべて6千ウォンを渡した.

ピリリ〜.
また状況室から無線がくる.
あるデザイン業者の依頼だったのだが, 鉄製椅子と原緞を2つの業者に渡して, またパイプを持ってくれば、1万3千ウォンを払うという.
鉄材加工メーカーに行ったところ、パイプを切って整えるのに30分以上待たなければならないという. クィックサービスマンにとって、‘時間=お金’なので堪え難かった. 急いでくれとせき立てた.
いや, 私がすでに一人前になったのか.
この際、いっそのこと転職をしてみるか? 休暇時にクィックサービスでアルバイトをすれば、どれくらい儲けることができるか.
しばらく待つ瞬間に傲慢な考えがこみ上がる.

初日最後の仕事は、1万ウォンを受け取って、アパート団地にある、ある建設業体 現場事務所から書類2つを渡されて、江南区庁附近と狎鴎亭駅附近の業者に渡す任務だった.
今はもうある程度履歴がついたという自信から、ハクドン駅交差点でアクセルを開いたのだが、 突然信号が赤に変わる. 左側から直進するオートバイが突進してきた.
前ブレーキ, 後ブレーキをぎゅっと握ったが、既に遅く、前輪が接触してしまった.
相手は大型オートバイに乗ったクィックサービスマンだった.
幸い、ふらついただけで、倒れることはなかった. 背筋に冷や汗が流れて, ヒュ〜. 溜息が出る.
また頑張って走った.
今度はぱらぱらと, 突然大きな雨粒が降り注いできた. ソウルには大雨注意報が出ていた. レインコートを取り出して羽織った.
ジュルル〜. 雨が眼鏡を伝って流れると前が見えない. ハンドルを握った手首にどんどん力が入っていく.
雨の降る日に車線部分や鉄板上でブレーキを踏むとそのまま滑って転ぶという社長の話が思い出されて、少なからず怖かった.
弱り目にたたり目で、書類を届ける業者の位置を探すことができない. オートバイを停めて状況室に無線を居れて助けを乞うた.
‘先輩クィックサービスマン’たちはレインコートを着て走りながら、一方の手では無線をかけている. 感嘆が自ずと出てきた.
“ああ, どこでも名人たちはたいしたものだなあ.”


時速80kmを超えると、冷や汗がたらたら…

タクシーもクィックサービスマンたちらが乗ったオートバイは避けると いう.
ところが、‘上には上’があった.
クィックサービスマンたちも恐れるのは、一方の手には岡持ちを, もう一方の手にはハンドルを握ったままあらゆる妙技を発揮して路地をかけずり廻る、中華料理とピザ配達のオートバイだ. この世界にも主体の位階があった.

事務室に戻ったのは、夕方7時をすこし過ぎた頃.
初日に稼いだ金は、計3万4千ウォン. ガソリン価格3千ウォンを払って、残ったお金が3万1千ウォンだった.
午後、何時間もの間、江南一帯で働いて稼いた金だと思うと、少ないのか, 多いとしなければならないのか. 気合がすうっと抜けた.
クィックサービスマンの労働の代価は本当に‘クイック’だった.
距離が短ければ5千ウォンであったし, もうすこし走れば6千ウォン, 近いところ2個所を走れば1万ウォンだった. 長距離4-5箇所を走れば1万ウォン紙幣を4〜5枚を手に握る.
この結果を見ると、他にはもっと速く労働の代価を支給される所はないだろう.
このことは、それほど正直だった. すこしでもより速く動けば、それだけ儲ける金額が増えたのだ.
ああ, 既に知った. 彼らを敵愾心に燃える騎馬兵とし、命がけで都心の道を疾走させた、その正体はまさに何秒の時間であったし,それはそのまま現金だった.

クイックマンたちは一種の事業主として仕事をする. オートバイも個人所有で、ガソリン代と昼食も各自が別々に負担する.
業者に払う金は、一週間に事業料7万ウォンと無線機使用料1万2千ウォン等、計8万2千ウォン. このお金を払った残りは、走るだけ持っていくことになる. アクセルを‘ふかす’ほど収入が上がるということだ.
一生懸命にやれば、ガソリン代を引いて一日8万〜10万ウォン程度を持っていくことができる.

二日目, 朝から梅雨の雨が降り注ぐ.
社長は危険だからと、オートバイを渡さなかった. 代わりに、1.5tの小型トラックを運転して、ブンダンまで配達に行ってきた.
生まれて初めて乗ったトラックで、インテリア用ワックス五箱を配達して稼いだ金は2万ウォン.
午後には雨脚がより一層太くなり、営業活動をした.
テヘラン路 ビルディングの林を回って、どんな事務室にでも入っていき、ステッカーとビラを配る販促活動だ.
オートバイに乗ることができなくて、お金を稼ぐことができないと、心が焦った.
すでにクィックサービスマンがみな戻ってきていた.

三日目, 最終日だ.
今日はお金をちょっと使わなければならない. 三日間稼いた金で、同僚クィックサービスマンたちと焼酎パーティを繰り広げることにしたためだ.
午前中は江南一帯を急いで廻って、4件を配達した.
熱く焦げたヘルメットとアスファルトから広まり始める地熱で全身が汗まみれになるが、それでも走っている時は、暑くて苦労しているとは感じなかった.
既に江南は狭い. 江南でだけ走っていたと言えば、同僚たちがあざ笑うと思った. オートバイに乗って、市内中心街に進出してみたい欲が蜂蜜餅のようだった.
おりしも、汝矣島行配達2件が入ってきた.
社長は行くことができるかと聞いたが、やってみると答えた.
自動車でなら、オリンピック大路を行けばいいのだが、自動車専用道路利用が禁止されたオートバイでは、顕忠園前の道から回って行かなければならなかった.
すこしゆっくり走るとバスがクラクションを鳴らして無理に行く.
それで速度を速めてみるけれど、時速80kmを超えるので腕がぶるぶる震える.
乗用車が車線を譲らず、横からそれとなく入ろうとすると、膝の裏が痺れた.
何度も冷や汗を流して、やっと汝矣島に到着した.


保険会社 忌避対象 第1順位

たまたま、マンハッタンホテル附近のセシルビルディングに配達する書類封筒がひとつあった.
何年も出入りした民主党事務所附近であるためか、知った顔の何人かが通り過ぎる.
わざわざにっこりと笑ったが、誰もがしらんぷりをする.
突然、憂うつになる. ああ, 生活のためにオートバイに乗らなければならなくなったら….
明日にはこのことも終わりだという考えに、安堵感が押し寄せる.
始めたついでに、光化門から鷺梁津までの配達を一件することにした.
萬里洞 ハンギョレ新聞社前をさっと走り去った. 南大門を過ぎて、いよいよ光化門交差点だ.
クィックサービスマンに良い点があるとするならば、どんなに‘警戒厳重’な建物に入っても制止されないという点だ. ファイナンスビルディングも無事通過だった.

三日間働いて、昼食代とガソリン代を差し引いて余ったお金が7万7千ウォン.
このお金でポッサム(註:蒸した肉を野菜で包んで食べる料理)とナクチチョンゴル(註:タコを野菜炒めたもの)を注文し、同僚クィックサービスマンたちと焼酎の杯を傾けた.
私が彼らの仕事を奪ったのだから、返すことは当然だった.

“最後のあがきですよ. やってもやってもどうにもならないのです. 特別な技術もなくて….”
40代序盤のムン氏はタクシー運転を辞めて、 オートバイを飛ばして3ケ月目になる‘ルーキー’だ.
大学で電子工学を専攻したが、事業に失敗し、この底の世界に飛び込んだ30代中盤のキム氏. 彼は、去る4月に貨物トラックとぶつかる事故で体を痛めてしまったが、オートバイのハンドルを放すことができずにいる.
“わたしたちは、0.1秒の差で生と死の境界を行き来する人生です. 今日もハラハラしながら死の峠を2回も越えました. 膝が痺れるくらいでどうしますか.食べていかなければ….”
キム氏と同い年なので、友人のようなクォン氏は擦り剥けた傷だらけの膝を見せながら、“クイックマンで、膝が無事な人は稀だ”という.
彼らは保険会社の忌避対象第1順位だ. 契約していた生命保険にまで解約されるのが常だ.
彼らを使う人々は、無条件にクルマより速いことを要求する.
だが、オートバイ配達とは手腕だろうか.
危険をかえりみず, 罵声を甘受して, 歩道と横断歩道を行き来する無法者にならないと‘クィックサービス’は不可能だ.
クィックサービスマンの競争力は都心の交通混雑で出る. 交通難が解消されて、車両が都心を速く進行できるようになれば、クィックサービスマンたちは自然淘汰されるのが明らかだ.
深刻な動脈硬化を病んでいるソウル都心で、クィックサービスマンは物流の最末端を担当する失血線だった.
 

文 イム・ソンギュ記者 sky@hani.co.kr
写真 キム・ジンス記者 jsk@hani.co.kr