2004年3月ハンギョレ21 501号

歯ぎしりして広場に!
‘弾劾無効 ・ 民主守護’が溢れる2004年3月

 
歯ぎしりして広場に!
‘弾劾無効 ・ 民主守護’が溢れる2004年3月… 平凡な生活人が子供を抱えて道に出た
平凡な生活人たちが広場に出ている.
政治に無関心だった10代と20代もろうそくの灯をかかげる.
取りあえず多数の力一つで押し通した‘弾劾政局’は、今新しい歴史を作っている.
87年6月抗争は再演されるのか.

チェ・ヘジョン記者 idun@hani.co.kr

△ 写真/ パク・スンファ キム・ジンス記者, 表紙デザイン/ ジャン・グァンソク

<あなたのための行進曲>が場内に鳴り響くと涙を浮かべてトーンを高める.
父母の手をつかんで出てきた子供たちの澄んだ笑い声が時折聞こえるが, 7万のろうそくの灯の下、めらめらとする憤怒は子供の笑いでもかき消されない.

人々が道にあふれ出ている.
ワールドカップの‘歓喜’と女子中学生集会の‘悲しみ’を越えて, ノ・ムヒョン大統領弾劾で始まった今回の‘市民蜂起’の情緒は‘耐えることのできない憤怒’だ.
世代と性別, 政治指向を跳び越えて、道に繰り出した彼らの数は、ソウルだけでも3月12日の1万5千から始まり、翌日である3月13日は7万名に大きく増えた.


“後頭部にがつんときた”

特に、“こんなに多くのアジョシ(註:おじさん), アジュマ(註:おばさん)たちが集まったのは初めて見ました”という高等学生の驚きが混じった告白のように, 今回の市民蜂起の主力部隊は1980年代の民主化運動を経験した‘3040世代’だ. 80年代の催涙弾ガスをかいくぐり, 家の価格と子女教育, 早期退職に労心焦思した平凡な生活人たちは、弾劾政局にぶつかると, 歯ぎしりして広場にあふれ出た.
社会の民主化を主導し, 変化の経験を全身で記憶している彼らの口から最も多く溢れ出る単語は‘民主主義’だった.
家庭主婦 チョ・ミギョン(41)さんの足取りを17年ぶりに道に導いたのは“敵に対する憤怒”だ.
自身を大学82学番として紹介した チョさんは、“生活して子を育てようと忙しくて、政治にたいして関心をおかなかったけれど, 全国に生中継された弾劾可決の姿には、後頭部をがつんとやられたようでした”とさらけ出した.
“大統領を審判するのは国民であって、ハンナラ党ではありません”と一喝したチョさんは“私達が1980年代に熾烈に戦って民主政府を打ち建てたのに, その時、独裁の使い走りをした勢力が大統領を弾劾する姿を見たら、鳥肌が立ちました”と話した.


△ テレビで生中継された弾劾可決場面(上,イ・ヨンホ記者)を見て、多くの人々が'耐えられない憤怒'で、道に飛び出した.
弾劾可決直後, 市民社会団体会員が"16代国会は死んだ”としながら'国会の葬式’を行っている(下,パク・スンファ記者).

中学校1年生の娘の手を握って言葉も無しに集会場の片隅に立っていたチェ・ソンホ(38)さんは“惨憺だ”という言葉を数えきれない程吐きだした.
チェさんは “先後輩, 同志たちが血を流して編み出した民主主義を揺さぶっている”と言いながら憤怒した.
守旧勢力が結集して力の論理で民主主義を踏み潰す姿をとうてい座視することはできないとのことだった.
チェさんは“議会民主主義は正しい制度ではあるけれど, このような副作用が現れ得るということを二つの眼で目撃した”としながら“政治が15〜16年前の振り出しに戻ったようで、なんとも言えないほど惨めで腹が立って、仕事が終わると同時に飛び出しました”と強調した.

弟の家族など、六名の家族が‘総出動’したソル・某(43)さんは、“私はノ・ムヒョン大統領を支持するけれど, 万一、イ・フェチャン, いや チェ・ビョリョルがこのようなやりかたで弾劾されても、この場に出てきたでしょう”と区切って話した.
ソルさんは、“万一こういうことがなかったら、総選挙時に静かに自分の一票を行使することで満足しましたが, ハンナラ・民主・自民連が協調して大統領を押し出すのを見て、90年代初めの3党野合を思い起こしました”としながら、“目の前で行われていることが10余年前とあまりにも似ていて、背筋が寒くなる程です”と言い切った.
特に、改憲と総選挙延期議論が流れ出ながら、彼らの不安と危機感は極に駆け上がっていた.
政治制度として、内閣制と大統領制の長短所を離れて, ‘民主化闘争の結実’として勝ち取った大統領直選制の意味をあまりにもよく知っているためだ.
会社員 チョン・某(37)さんは、“まさか、弾劾案まで通過させた彼らが改憲と総選挙延期をしないという保証がないとは言えないでしょう. また火炎瓶でも作らなければ”と、苦笑いを浮かべた.
骨を折り、血を流して得た‘民主主義のつぼみ’が踏みにじられる危機に瀕すると、彼らの責任感と自信はより一層燃え上がっていた. 変化の要求を‘組織化’し、‘勝利’した経験を全身で記憶しているだけに‘闘争の意志’は溢れ出ていた.

会社員 オ・サンジン(39)さんは、“歴史が進むところでぶつかる試練であり、苦痛として考えます”としながら、“あの時は民主政府を得ようと戦い, 今は守ろうと戦います.
あの時の敵と今対抗する敵が同じ人々だということが悲しいのみです”と話した.

△ 全国550余団体で組まれた'弾劾反対汎国民行動'は、1987年以後、最大規模の連帯機構だ.(キム・ジンス記者)

政治無関心 20代, 野戦部隊に

‘アジュマ・アジョシ部隊’が今回の集会の主力なら, 20代は野戦部隊だ.
政治無関心層として分類された20代たちが‘正しく直す政治集会’に駆けつけることはかなり興味深い点だ.
民主化世代が‘責任感’と‘自信’を土台に民主守護を叫ぶこととは違い, 個人主義指向が強い20代にとって弾劾は‘ゲームの法則’がない深刻な手続上の問題であり, 素朴な正義の問題であった.

いとこたちと集会場を訪れた大学4学年 キム・セナ(23)さんは、“実は、ニュースをきちんと見ていないので、その間、大統領がなにを間違って, 何故弾劾になったのかもよく知りません”と告白した.
キムさんは去る大統領選挙時に投票もしなかった. ‘就職浪人’が出来ないため、学校と英語学院, 中国語学院, 家だけを往復した. 国会で行われることなどは熾烈な就職戦線に何らの影響を及ぼさなかった.
だが、去る12日、学校前の食堂で偶然に見た弾劾可決場面は、キムさんの後頭部を‘強打’した.
“数万もの多数の国民が選んだ大統領まで引き下ろすことができる国会議員の力が怖くて背筋が寒くなりました. その上、国民の意思を聞いて審判するという手順もないじゃないですか.”
キムさんは、“これは政治の問題ではなく、正義と不義の対立です”と話した.

職場生活3年目であるパク・ミョンヒ(27)さんも、“憂憤を堪えられずに”出てきた.
弾劾案が可決した12日には、思い余って会社を早退して国会前に出てきたのだ.
パクさんは、“大統領が間違ったことをしたかもしれない. でも、それは私達が審判するべきことであって, 国会議員が勝手に追い出すことはできません”そして、“ノ・ムヒョン大統領でなくてもこの場に出てきたでしょう”と明らかにした.

光化門で会ったキム・ジョンオク(29)さんにとって、集会の全てのものは見慣れない.
人が何万名も集まることも, 集会で人々が歌う歌も、どれも馴染みが無い. “ワールドカップの時も外に出てこなかった”というキムさんは、今回は“私に合うと思う部分に力を合わせよう”と考えて集会場を訪れた.
キムさんは“主導的には参加できないけれど, 単に多くの人々が弾劾に反対しているということを国会議員たちに見せたかったし, 力になってみたかった”と話した.

△ 専門家は、今回の弾劾事例に対して、"守旧勢力の最後のあがき"と分析する.(パク・スンファ記者)

20代以上は投票権があるので政治と直・間接的な関係があるというが, 青少年たちの‘集会場出没’はかなり意外だった.
ワールドカップと女子中学生追慕(註:韓国駐留米軍による死亡事故)ろうそくの灯集会で広場に‘鍛練された’青少年たちは可愛く作られた‘弾劾無効’ろうそくの灯を持って、集会場のあちらこちらで不思議な表情できょろきょろしていた.
集会場で会った学生達は、“休み時間の度にTVをつけて弾劾可決場面を見守りました”と話した.
そして、彼らにとって弾劾案が通過した場面は、“リアルな異種格闘技”であり、“力のある奴が弱い奴を困らせる‘いじめ’の場面”と続けた.

12日、国会前で会った チェ・チョルス(18)君は、“先生には黙って夜間自習をさぼって出てきました. 高3なので本当に勉強を一生懸命にしようと思っていたのに, 国会議員たちが勉強もできなくしました”と、口を尖らせた.
“大人たちは、私たちに対して力の強い人が弱い人を困らせてはいけないと教えながら, 国会議員たちが数が多いと国民が選んだ大統領をあのように押し出してもいいというのでしょうか.” チェ君は“授業時間の度に先生と討論して, あるクラスはいっそのこと授業が終わってから先生と共に出てきました”と、学校の雰囲気を伝えた.


‘チャン’支持者たちも参加する

集会参加者が最も警戒するのは、自分たちを親ノ・ムヒョン勢力とみる 見解だ.
集会の性格を‘ノ・ムヒョン派集会’と規定する一部言論と政治圏の主張を聞いて、参加者は憤怒をさく烈させた.
特に、大統領選挙で“安定的で年輪があるように見えて”イ・フェチャン候補を支持したという者たちも、やはりハンナラ党に対する背信に身震いして道に飛び出した.

京畿道で反物屋を経営するユン・キルスン(64)さんは、去る大統領選挙でイ・フェチャン候補に一票を投じた. ノ・ムヒョン大統領は“不安に見えて”そんなに好きではなかったのだ.
だが、ノ・ムヒョン大統領が弾劾された日, ユンさんは‘謹弔国会’リボンを作って、国会の前に行った.
“こういうデモは初めて”で、“政治も知らない”というユンさんは、最近、大統領選挙資金捜査を見て驚いた胸をなだめようとしていたところだったという.
ユンさんは“この頃は商売がうまくいかなくて死にそうですが, 政治家という連中が企業から金を受け取ったということに衝撃を受けた”としながら“国民は骨を折るように暮らしているのに, そのようなことをした国会議員たちがあと4年も残っている大統領を追い出すのを見て、とうてい耐えることはできなかった”と憤慨した.

自身を‘安定希求勢力’と紹介したキム・ミョンチョル(46)さんも、“社会を安定的に率いると期待したハンナラ党が、むしろ社会不安要因を続けたということを悟りました”と語った.

専門家たちにとっても、今回の集会の躍動性と世代別特性は興味深い姿だ.
ワールドカップ時の‘赤い悪魔’現象が‘遊び文化’の延長線として解析されたとするなら, 今回の弾劾反対・民主守護集会は“民主主義を守ろうという市民の抵抗と正義感”が劇的に表れたという分析が出ている.
アン・ビョンウク カトリック大教授は、“87年6月抗争以後、とてものろいけれど民主化に進む歩みをしてきたし, このよう過程で追放されていった保守勢力が最後のあがきをした”とし、“市民社会の対応はノ・ムヒョン大統領を守るためのことではなく, むしろ、ノ・ムヒョン政権が守り遂げていない部分を、87年6月抗争のように確保するために市民たちが出た”と説明した.


大韓民国国会の‘春’は過ぎた.

国民は“奪われた野にも春はくる”としながら道に飛び出した.
今回が“民主主義を守る最後の機会”とげんこつをぎゅっと握った87年世代から正義感に燃える高等学生まで、皆肩を組んで‘弾劾無効’と‘民主守護’を叫んでいる.
目があれば見て, 耳があれば聞くという様相だ.
 


1987年以後、最大規模の連帯機構

550余団体で構成された‘汎国民行動’… 毎晩8時、ろうそくの灯集会継続

3.12 弾劾事態を見て、数多くの者が道に飛び出した.
メッセンジャーで回覧文が配布され, インターネットには弾劾反対カフェが続々生まれている.
‘国民を脅迫しないで’(cafe.daum.net/antitanhaek)という弾劾反対カフェには、既に10日間で8万余人が会員として加入した状態だ.
野火のように広がる市民たちの憤怒を集めて、大規模集会として組織する所は、‘弾劾無効と腐敗政治清算のための汎国民行動準備の集い’(汎国民行動)として, 全国550余団体で構成され、去る3月13・14日、ソウル 光化門などで弾劾反対集会を開いた.
今回の集いには平和・女性・環境・自治・労働・農民など、ほとんどあらゆる領域の市民社会団体と民衆団体が“弾劾無効と腐敗政治清算”を叫んで連帯している.
去る2000年、総選挙で1千余の市民団体が‘落薦・落選 運動’を組織したが, 当時は労働と農民などの民衆運動陣営が抜けていた.
参加連帯関係者は、“今回の汎国民行動は‘民主主義守護’という共通の名分を土台として、1987年6月抗争以後最大規模の市民-民衆団体連帯機構を構成したという意味がある”と評価した.
市民の熱気を反映するように, 汎国民行動が3月12日と13日の二日間、ソウルだけで‘弾劾無効千万人署名’に自分の名前を書き入れた者は4万2千余名に達する.
弾劾無効のための義援金募金も、13日一日だけで5800万ウォンが集まり, 14日にも1400万ウォンが集められた.
汎国民行動関係者は、“インターネット言論 <オーマイニュース>と一緒にオンライン署名を進行する計画で, 今の趨勢では1週間中にオン・オフラインを通して1千万人署名は無難に達成するものと見られる”としながら、“今まで見てきた集会の中でも、最も市民の反応が熱くて積極的”と舌を巻いた.
汎国民行動は、今後、毎晩8時にろうそくの灯集会を継続進行する一方, ‘16代国会死亡リボン着用’‘国会前警笛デモ’などを繰り広げると明らかにした.
 


 


“北の指令が下りてきた”
弾劾に賛成する保守団体等も、勢いを拡張中… 以前よりも若者が多くなり、注目

△ 3月15日、ソウルプレスセンターで'正しい選択国民行動'運営委員会が開かれている.(イ・ヨンホ記者)

弾劾反対の声が世論調査と街頭集会を通して‘数の上位’を証明するなかで, 弾劾に賛成する保守団体等も組織化して自分たちの勢いを拡張している.
国会で弾劾案が可決された去る3月12日午前, 国会前では通り一本を間に置いて弾劾賛否集会が熾烈に行われた.
30余の保守団体で構成された"正しい選択国民行動" 所属会員200余名は、この日、太鼓とケンガリ(註:鉦), ピケを動員して弾劾賛成主張を知らせた.
彼らの主張は簡単だ.
ノ・ムヒョン大統領に国を任せれてはならないと言う危機感が国民間に広まっているということだ.
国が風前の燈の危機にいる状況で、龍山の米軍基地を移転して, 北朝鮮を主な敵から削除する等、国家安保に甚大な不安を招いたともいう.
ある参加者は、“4月15日の総選挙でハンナラ党を群小政党にして, 国会を左翼勢力で満たせという北の指令が下りてきた状態”とし、“大統領を弾劾し、これを防がなければならない”と主張した.
しかし、今回の集会で特に目を引いたのは、以前には軍服を着た‘お年寄り’たちが多かったことと違い, 大学生に見える若者たちの数がより多かったという点だ.
ソ・ジョンガプ陸海空軍海兵隊予備役大佐連合会会長はこれに関して、“保守団体が養成した若者たちのデビューステージ”であったと自慢した.
ソ代表は、最近何年間か継続してきた“左翼勢力との対決”で、保守勢力が‘押された’理由を分析した結果, 若者たちを養成できないためだという‘自省’の声が出てきたという.
若い保守勢力の組織的養成のために60余の保守団体で構成された‘国民行動親北左翼清算本部’は、去る2001年1月から‘21世紀青年アカデミー’を運営中だ.
ソ会長は、“1年に2度ずつ大学教授と教会牧師などの推薦を受けた50〜60余名を選抜し、3泊4日の間、京畿道周辺の修練会場で‘スパルタ式’訓練をする”と伝えた.
軍隊式で、朝・夕方に点呼を受け, より強い討論と講演も連なる.
招請される講演者は、<月刊朝鮮>ジョ・ガプジェ編集長と延世大ソン・ボク教授, 前国連大使であるパク・グン氏 等、“著名な保守論客”たちだ.
ソ会長は、“スパルタ式で教育しなければ、短い期間中に自由民主主義と自由市場経済を理解させるという‘初期の目的’を達成するのは難しい”としながら、“はじめは偏った質問をした学生達も, 教育を終えると国家観が確立するのを見て、大きなやりがいを感じる”と明らかにした.
ソ会長は学生達を今回初めて言論に露出させたと話した.
そして、普段は外部に出てきたくなかったこの学生たちも、“このように国家的に重要なことが行われる時, 国が願うならば出てこれる”としながら自発的にピケと横断幕を作ったと伝えた.

弾劾無効を主張する市民の力が組織になるように, 保守勢力も‘組織’されていた.