2004年6月ハンギョレ21 512号

‘バレリーノ部隊’を求めます
2004年06月01日 第512号

‘バレリーノ部隊’を求めます
兵役特例のために国内大会に命をかける男性舞踊家たち… 何故、音楽分野のように国際大会入賞者には恩恵を与えないのか

バレリーノの場合、ただ4名だけが兵役特例として舞踊家生命を延長できる.
多くの国際音楽祭受賞者たちが恩恵を受ける音楽界とは差が大きい.


文 イ・ジュヒョン記者 edigna@hani.co.kr ・ 写真 キム・ジンス記者 jsk@hani.co.kr
 
第34回 東亜舞踊コンクールが開かれた5月20日, ユニバーザルバレエ団 広報担当 キム・ブキョン氏は久しぶりに2本の脚を伸ばして寝た.
この日、大会でバレエ団の次世代スター舞踊家 ミン・ホンイル(25)氏が金賞を握ったのである.
団員がコンクールに行くことが、広報チーム職員が夜の睡眠が妨げられる理由になるか? キム・ブキョン氏は“それしかない”と首を振る.
2003年にユニバーザルバレエ団に入って、主要ソロの役割を受け持って最盛期の技量を育ていたミン・ホンイル氏は, 既に一ヶ月前に兵務庁から5月17日に入隊しろという入営通知書を受け取っていた状態であったためだ.
“入隊の報せを伝え聞いて、これから舞踊家として光り始める時なのに、軍隊に行くことになったらどうなるのかという心配から、一層東亜舞踊コンクールに賭けました”とキム・ブキョン氏は語る.


毎回、受賞者4名だけが公益要員

我が国で軍入隊の免除を受けるバレリーノは毎年4名だ.
正確に言えば、‘免除’ではなく、‘芸術・体育分野公益勤務要員’なのであるが, 彼らはバレエ団で職業舞踊家として仕事をすることで軍服務の代わりをする.
この4名の選抜基準は、兵役法第26条及び兵役法施行令40条で定めているのだが, 東亜舞踊コンクール, ソウル舞踊制, 全国舞踊祭, 全国新人舞踊競演大会の1位受賞者に限って特別措置を与えている.
そのうえ、全国舞踊祭は、ソウル-地方の格差を解消するという理由から、受賞者をソウルに住所地をおかない場合に制限していて、実際に大部分をソウルで活躍するバレリーノには3回の機会しかないことになる.
他の舞踊家に比べて、比較的早い年齢である13歳の時からバレエを始めたミン・ホンイル氏は、ソンファ芸術中・高校を経て韓国芸術総合学校に進学し、ワシントン ユニバーサル バレエアカデミーとロシア バガノバーバレエアカデミーで研修した秀才だ. 飛び抜けた技量にもかかわらず、ミン氏は5年前から東亜舞踊コンクールに挑戦し続けて、今年いよいよ金賞の栄誉を授かった.
美少年特有の繊細な顔をもったミン氏は、外貌程に繊細な表現力が飛び抜けている.
“男子舞踊家には, 国内舞踊コンクールは、ある意味から見ると、国際コンクールよりずっと競争が熾烈です. どんなに有名な国際大会で1位になっても、兵役恩恵は全くありません. 軍隊に行かなくてもよくなる国内大会では本当に命懸けで踊りますよ.”

△ ‘6転び7起き(註:原文通り)の精神で’.

ユニバーサル バレエ団員 ミン・ホンイル氏は、5年の挑戦の末に東亜舞踊コンクール大賞を受けた.
現在の兵役法と施行令では、男子バレエ舞踊家が‘芸術・体育 分野公益勤務要員’として仕事ができる資格を国内大会だけに制限している.
音楽分野ではユネスコが認める119の国際コンクールで2位以上入賞者までが兵役恩恵を与えられることと比較すると天地の差だ.
音楽分野は、アレクサンドリア国際クラシックギターコンクール, シャルトル国際オルガンコンクール, イスラエル国際ハープ競演大会, 神戸国際フルートコンクールなどの特定楽器を中心にした国際コンクールから、南アフリカ共和国で開催するウニサトランスネット国際音楽コンクールのような馴染みのない大会まで包括している.
舞踊が音楽に比べて顕著に恩恵が少ないのは、我が国のバレエが国際的な基準で認められ始めてから何年にもならないためだ.
1997年、キム・ヨンゴル氏がモスクワ国際コンクールで3位入賞したことを起点として、いよいよ我が国のバレエは大韓民国とアジアの垣根を越え始めた.
2001年にはルクセンブルグコンクール 2人舞 部門でユニバーザルバレエ団 オム・ジェヨン/キム・セヨン氏が金賞受賞者のいない銀賞を受け, 2003年にはユニバーザルバレエ団 キム・グァンヒョン氏がルクセンブルグ シニア男子ソロ部門で金賞を占めた.

キム・ヘシク 韓国芸術総合学校 舞踊院教授は、“クラシック音楽とは違い、歴史が浅いと見られたために、兵役恩恵のような国家的認知されにくかったし、舞踊協会などの団体のパワーがクラシック音楽界に比べて顕著に小さかったため”と話す.


軍隊と舞踊の‘筋肉’は違う

昨年、ルクセンブルグ国際バレエコンクールで金賞を受賞したキム・グァンヒョン氏

昨年、ルクセンブルグ国際バレエコンクールで金賞を受けたキム・グァンヒョン(24)氏は、海外で大きな賞を受けたが、他の同僚たちからは“賞に恵まれない”という言葉を聞く. 兵役恩恵がある国内コンクールで賞を得られないためだ.
彼は今年の東亜コンクール本選に上がったが、入賞できなかった.
“東亜コンクールと新人舞踊競演大会に合計9回挑戦しましたよ. 軍隊のために1成績点(註:単位)だけ残して、5学期目は休学中です. すでに休学限度も終わったので、今秋には成績点を満たして卒業するつもりなんです. 今後は大学院に籍を置いて、入営時期を遅らせる考えです.”
彼は年俸の半分である1千余万ウォンを大学院登録金として飛ばされても、軍隊に行く前まで時間を稼ぐ計画だ.

何故、バレリーノはこのように軍隊を‘忌避’するのだろうか?
パク・ジェグン サンミョン大 舞踊学科教授は、“定形化された動作を休まないで続けなければいけないバレエの 特性のため”と説明する.
‘一日休めば自分がわかって、二日休めば先生がわかって、三日休めば観客がわかる’というこの世界の‘不文律’を敢えて言わなくとも、練習量が‘絶対的に’技量を左右するバレエに‘休息’は許されない.
キム・グァンヒョン氏は、“日常で使われる筋肉とバレエの動作で使用する筋肉は違います”と話す.
しばしば、軍を除隊した若者達が体格が変わる点は、外に突出する筋肉がついて出てくるのだが、バレリーノは練習を続けると、これとは違い、内側になめらかな小筋肉がつく.
私達がステージ上のバレリーノを見て、男性的な筋肉質を感じるよりは水が流れるように柔軟な体つきに感歎する理由もそのためだ.
軍隊に行って柔軟性が落ちた体つきを元に戻してスランプを克服して職業舞踊家の道に進むことは容易ではない. 職業舞踊家として生活したとしても、既に‘才能’は伸びる時期を逃し、ソリストや主演として活動することは不可能だ.
現在、全国の有名なバレエ団の中で、現役兵出身でソリスト・主役を演じたケースは1人もいない.
バレリーノが軍隊に行くと決心する時は, 既に踊りではなく、もう一つの生き方を決心した後にでも可能なことだ.

△ 国立バレエ団員 キム・インギョン氏は、昨年、ソウル公演芸術祭で 演技賞を受けたが、兵役恩恵は受けられなかった.

トントンと弾んで空のような2mの高さまで弾力あるジャンプを駆使して感嘆の声を上げさせるキム・インギョン(28)氏は、昨年、ソウル公演芸術祭で演技賞を受けたが、舞踊協会の内部問題で兵役恩恵を受けられなかった.
彼は、“バレリーノの入隊問題に関してはコンサルタントの水準”と自評する程, これまで入隊を遅らせるために法が許す限度内で粘ってきた.
理由は“踊り続けたい”ということ, 一つであった.
24歳までは何回もの休学を通じて在学 時期を増やして軍入隊を遅らせ、その後は公演出演などの各種理由を盾にしてきた.
ある時などは、国家試験として認定される料理士資格証明試験を申請して‘火’を消した程だ.
“この年齢まで耐えたというのについては、兵務庁職員までもが感歎します”というキム氏は、それでも“いまだに軍の問題で苦労している自分自身ですが、もしかすると後輩たちにすまないことになるかもしれません”と話す.
兵役恩恵がある国内コンクールの場合, なにぶん男子舞踊家にとっては生死がかかった問題であるため、審査委員たちが‘わざと’年齢が若くない参加者に金賞を与える雰囲気があるためだ.
今年、東亜舞踊コンクールで銀賞を受けた彼は、8月まで続く米国公演を終えた後、舞踊協会が主催する新人舞踊競演大会に再挑戦する考えだ.


“軍楽隊のように軍が舞踊団を新設してくれれば・・・”

大韓民国の全ての若者達にとって、軍入隊はやむを得ず自身の日常を断絶させざるをえない.
家族の生計の責任を負う若き家長もやむを得ず軍隊に行かなければならず, ‘国民的期待’に相応する程ではないが自身の才能を専門分野で発揮しなければならない青年も入営通知書を受ける.
バレリーノだけがこういう事例で例外を願っているわけではないのだ.
しかし、‘人生は短く、芸術は永い’としても, バレリーノにとっては‘人生は長く、芸術は短い’.
ジャンルの性格上、二十歳頃に踊りの跳躍が始って、三十歳中盤にはやむを得ず‘着地’しなければならないためだ.
パク・ジェグン教授は、一つの対案を提示する.
バレリーノが踊りを続けることができる軍舞踊団の新設だ.
パク教授は、“演奏者たちが続けて活動できる軍楽隊もあるではないですか. 軍隊の情緒慰撫の為にも、軍舞踊団を新設して技量を磨くことができる機会を作らなければならない”と主張した.