2007年4月ハンギョレ21 655号

100のカフェに100の文化が!

2007年04月11日 第655号

全世界の店内に同じ音楽が流れる ‘スターバックス’の画一化を越えて多様性を追求する小さなカフェたち

□文 ナム・ジョンヨン記者 fandg@hani.co.kr
□ 写真 リュ・ウジョン記者
wjryu@hani.co.kr

大型コーヒーチェーン スターバックス.
なめらかな声のノラ・ジョンーズの歌 <ドント・ノー・ホワイ>が流れる.
店内はいくつかのやわらかいソファーと10を超えるかたい椅子とテーブルで構成されている.
スターバックスはこの時代のアイコンだ.グローバル資本主義のトレンドを見せる記号なのだ.
米国ニューヨークで, タイのバンコクで, 大韓民国ソウルで、スターバックスは(本社が送った)全く同じコーヒーの味と(本社が指示した)全く同じデザインと(本社が選曲した)全く同じ音楽でお客さんを迎える.
そのため、スターバックスのなかでコーヒーをもってみると, メトロポリタンになったような錯覚を起こす.
スターバックスでは大韓民国ソウルの平凡な会社員もニューヨーカーになることができて, <セックス・アンド・ザ・シティ>のキャリーになることができる.


△ 倫理的にコーヒーを飲む人々も現れた.
ソウル仁寺洞のカフェ‘息(スム)’は、公正貿易(Fair Trade)コーヒーである‘ヒマラヤの贈り物’を出す.
‘便利’の代わりに‘倫理’を探す人々

“お客さんがカフェに入ってくるやいなや、カウンターの前で待っていますよ.
大型コーヒーチェーンのようにセルフサービスだと思ったのでしょうね.”
ソウル 仁寺洞 サムジー通りのカフェ‘息’を運営するイ・ジュウン(36)氏は津波のように迫ったコーヒー文化の変化をこのように表現した.
セルフサービスとテイクアウトで代弁されるエスプレッソコーヒー専門店の時代はスターバックスが開いた.
スターバックスが1999年にソウル梨花女子大前に1号店を開設した後, コッピビーン, ジャワ, ホリースなど、大型コーヒーチェーンが相次いで店を開き始めた.
大型コーヒーチェーンの先頭走者スターバックスは、4月5日ソウル梨泰院に200号店を開いた.
スターバックスで代表されるコーヒー文化は, しかし、下から徐々に変わっている.
画一化と規格化の精神で世界資本主義秩序に‘服務’する大型コーヒーチェーンを遠ざける人々が増え始めたのである.
イ・ジュウン氏は自身のカフェで‘政治的に正しいコーヒー’を出す.

“‘ヒマラヤの贈り物’というコーヒーです.ネパールの農夫たちが有機農法で心を込めて育てた豆を買ったものです.”


△ カフェ"息"のイ・ジュウン店長は“小さなカフェの魅力は多様さにあります”と話す.

ヒマラヤの贈り物は‘公正貿易’で輸入されたコーヒーだ.
“市場を掌握しているいくつかのグローバル企業によって左右される低いコーヒー価格によって、大多数の小規模コーヒー農民たちの生活は疲弊しきっています”という‘批判的’説明文がカフェ"息"のテーブル上に置かれている.
その反面、ヒマラヤの贈り物は、貧しい農夫たちの労働に見合う価格を払って買ったコーヒーだ.
韓国のアルンダウンカゲ(註:「美しい店」)がネパールの農夫たちからコーヒーを買って, イ・ジュウン氏はアルンダウンカゲからコーヒーを買って出す.


人々も‘便利’の代わりに‘倫理’を探す.

イ氏が話した.
“店のお客さん中の4人に一名程度がヒマラヤの贈り物を求めます.”
 ヒマラヤの贈り物は軟らかいながらもかぐわしかった.

小さなカフェたちの哲学は多様性だ.
全世界でコーヒー帝国を拡張している大型コーヒーチェーンとは正反対の哲学に立っている.
スターバックスがもう少し安い価格でコーヒーを入れるために最貧国ひとつのエチオピア政府と商標権紛争をしている時, 小さなカフェたちは公正貿易コーヒーに関心を見せる.
スターバックスが店ごとに全く同じインテリアに固執する時, 小さなカフェたちは自分の哲学が込められた空間をデザインする.
ソウル西橋洞のカフェ‘アンドゥ’は、弘益大前の通りを楽しむ人々によく知られたギャラリーカフェだ.
カフェの主人カン・ヨンイ(31)氏は、1ケ月に一回ずつ写真・美術作家を招請して展示会を開く.
十余坪にしかならない小さなカフェに掛けることができる作品は何点にもならないが, 彼は既に八回の展示会を続けてきた.
カン氏もやはりアマチュア美術観覧客であるだけだが, 定見を持って作家と作品を選定する.
カフェ アンドゥは彼が作る空間であるためだ.
彼は、“熾烈な作家意識を持った人を選定して展示会を開く”と話した.


△ カフェ ‘アンドゥ’は、1ケ月に一回ずつ展示会を開くギャラリーカフェだ.

“わたしの部屋をカフェに移しました”

カフェ アンドゥに立ち寄る客はスターバックスのメトロポリタンと違わない.
スターバックスが客に一人で遊ぶ文化を教えたとすれば, 彼らはそこから進化して多様な空間を自ら探して一人遊び始めた.
カフェ アンドゥで、ある人はノートブックパソコンを開いておいてインターネットを楽しみ, 若い女性たちは三々五々集まって談笑をする.
カフェ アンドゥが大型コーヒーチェーンと違う点は、主人カン氏の趣向と工夫が空間中に漂うことだ.
客たちが最初に選ぶ魅力は、カフェの左側に位置を占めた樹だ.
カン氏は大きな暖炉をテーブルに改造した後, テーブルの中に<星の王子様>を連想させる樹を置いた. そして、木の枝に手ずから葉を付けた.
客は樹に向かって自分の仕事に熱中することになる.

ソウル弘益大正門前公園近くのカフェ‘コーヒー焙煎 コム茶房’は運営する パク・ジュノ(35)氏の趣向だけでカフェを作った.
“わたしの部屋をカフェに移した”とパク氏は話す.
“タバコ, 本, 音楽とコーヒーを好みますよ.4つのことを一度にできる空間としてカフェを作ろうと考えました.”
大型コーヒーチェーンは大部分禁煙で、喫煙者を隈に追い詰める.
だが、パク氏の見解では“タバコとコーヒーを分離するのは喫煙者に対する暴力”だ.
それで、彼はコム茶房を喫煙自由区域として‘宣布’し, 室内の快適さのために換気機器5ケを設置した. それで、タバコを吸ってもタバコの臭いがほとんどしない.
パク氏は気兼ね無しでタバコを吸えるようにと‘喫煙’と壁に掲示した.

△ ソウル西橋洞 弘益大近くのカフェ‘コーヒー焙煎 コム茶房’では 主人が直接コーヒー豆を炒って出す(上).
大型コーヒーチェーンの画一性に真っ青になった人々は、多様な‘独立カフェ’を巡礼して探険の面白味を感じる.
‘コーヒー焙煎 コム茶房’の全景.

彼はカフェに自身の物を入れた.
彼が読んだ本100余巻が本箱に収まっていて,彼が楽しんで聞くLP盤600余枚が再生を待つ.
もちろん、大型コーヒーチェーンに置かれている雑誌やそこで聞こえる‘イージーリスニング’系列の音楽に比べて、彼の本や音楽すべてが大衆的ではない.
彼は大型コーヒーチェーンとカフェの差異点をこのように話した.
“できる限り作られた工産品も使わず, 私が直接生豆を買って炒ります. 自分の真心と雰囲気が反映されればいいですね.”

ギャラリーカフェ, ブックカフェ, 博物館カフェ…  このような個性あるカフェは、昨年から弘益大前を中心にぐんぐん増え始めた.
‘弘大前カフェ路地’という言葉も登場した.
弘益大前で無料配布されている文化雑誌である<ブリング>4月号もこのような現状に注目し、カフェ30余を地図と一緒に紹介する特集を出した.
展示会を開くギャラリーカフェ, 主人の本を並べたブックカフェ, 生活用品を集めた博物館カフェなど.
このような小さなカフェは、多様な空間があたえる面白味と主人に会う好奇心を充足させてくれる.
大型コーヒーチェーンに嫌気を感じた人々は、こういう‘独立カフェ’を転々として探険の面白味を感じて, 気に入った所を発見して通う.
彼らにとってカフェは、単においしいコーヒーを飲んで人に会うために訪れる所ではない.
100のカフェには100のコーヒーがあって、100の文化がある.

 

洋湯グッからスターバックスまで
人に会う所から個人の遊び場に変化した喫茶店

コーヒーに冠する韓国最初の記録は ユ・キルジュンの<恕宥見聞>で見付けることができる.
韓国人がおこげ湯(スンニュン)を飲むように、西洋人がコーヒーとジュースを飲むとユ・キルジュンは記録した.
旧韓国末、自他が認めるコーヒー愛好家は高宗皇帝であった.
彼は徳寿宮に‘ジョングァンホン’という洋式あずまやを建て, コーヒーを飲むことを楽しんだと伝えられる. 当時、コーヒーは ‘洋湯グッ(註:「グッ」はスープ)’と呼ばれた.

一般人がコーヒーに接するようになったのは1920年代過ぎだ.
日帝強制占領期間, 喫茶店は知識人と文化芸術人が風流を楽しんで交流する場所として愛用された.
知識人が喫茶店を運営した場合もあった. 小説家イ・サンは何と4回も喫茶店を開いたという.

コーヒーが大衆化されたのは1970年代以後であった.
東西食品がインスタントコーヒーを生産し始め, 次いで使い捨てコーヒーミックスが出てきたおかげだった.
コーヒー自動販売機が日常化になったことも後押しした.
喫茶店はインスタントコーヒーに砂糖とクリームを入れて, いわゆる‘茶房(タバン)コッピ’をサービスした.
コーヒー1杯を前にして恋人を待った男子, コーヒーと一緒にDJにリクエスト曲を頼んだ女子などがこの時代の茶房風景だった.

1990年代初期には‘ジャーデン’など、セルフサービス型低価格コーヒー専門店が出現した.
原豆コーヒーも普及し始めた. 比較的高いコーヒーを売っていた‘パンベ洞カフェ路地’‘チョンダム洞カフェ’が必須デートコースとして浮上もした.

カフェ文化の地殻変動は、1999年スターバックスの登場で開始した.
中央で供給する標準化された材料と店内で、いつどこででも高い品質のコーヒーを飲むようになったのである.
彼らが提供したのはエスプレッソに牛乳, シロップ, 香辛料を添加した一種の‘コーヒー飲料’だ. カフェラッテとカフェモカが1990年代を広まった原豆コーヒー‘アメリカーノ’の席を受け継いだ.
大型コーヒーチェーンはカフェ文化を革命的に変えた.
カフェは‘人に会う所’を越えて‘個人の遊び場’に進化した.
カフェでノートブックを開けて作業をしたり, 音楽を聞きながら通りの風景を鑑賞するのは都市文化の洗練されたイメージとしての位置を占めた.
スターバックスのロゴが打込まれた紙コップを持って出勤する女性会社員が‘ラテ世代’の表象として見なされ始めた.

貴方が飲むコーヒーが貴方のライフスタイルを見せる時代になったのである.