(写真/ ジョ・ドンジン)
献呈レコードは老将音楽人や世を去った音楽人に同僚と後輩たちが捧げる頌歌のようだ.
米国では既に数十名の音楽人に対する献呈レコードが出されていて,
追慕レコードも少なくなく出た. 韓国では今まで二枚が出ている.
1997年 <シン・ジュンヒョン 献呈レコード>がその最初だ.
二枚で構成された、このアルバムは時期やシン・ジュンヒョンの比重をみると、初めて献呈アルバムとして、とても適切であると評価された.
しかし、大衆的な呼応を大きく得られなかった.
その直後に、<愛するために>を永遠のレパートリーとして遺したユ・ジェハに対する献呈アルバムの<また帰ってきたあなたのために>を、彼の同僚と先後輩たちが発表した.
ただの一枚に過ぎない彼のレコードでも、短い音楽生活に比べて驚くべきことであり,
彼の悲劇的な音楽や死が人々の胸中に深く残っていることを見せた.
似た時期に発表された、ヤン・ヒウンの<朝つゆ>は、キム・ミンギに対する献呈レコードとして紹介された.
しかし、彼の作品に対するヤン・ヒウン自身のリメイクアルバムの性格が強く、本格的な献呈レコードだと言うには少々難しいと言える.
したがって、まもなく出されるサヌリムに対する献呈レコードは、国内で3番目だと見るべきだ.
シン・ジュンヒョンやサヌリムの場合、ほとんど20余年ぶりに再評価・復元されたという点が高く評価されるに値する.
大衆音楽人は献呈レコードを“先輩巨匠に対する後輩の尊敬と愛の表示”だと見ている.
こういう基準によれば、献呈レコードを受けるべきなのに、それができていない人々がおびただしい.
今回のサヌリム献呈レコードを企画したハン・ヨンギル PDは“今後、韓国フォークの代名詞とされる三人,
キム・ミンギ, ハン・デス,
チョ・ドンジンに対する献呈レコードを企画している”としながら、“彼らに対する献呈レコードは、私たちの大衆音楽史を整理する意味もあると思う”と話した.
この中で、ハン・デスの場合は、より一層特別な意味をもつ.
彼は昨年、<水 ちょっとください 喉が渇きます>という自叙伝出版のために帰国したが、すぐに米国へ帰った.
本来、この本の出版と共に新しいアルバム発表,
世宗文化会館公演などを夢見た.
しかし、瘠薄で浅はかな韓国大衆音楽の現実は彼に背を向けた.
彼のレコードや公演がたいして金にならないと早合点した企画社は振り向くこともしなかったほどだ.
彼は20余年前にも、音楽の自由を禁止した朴正煕軍事政府により、米国に追い出されたのであった.
(写真/ キム・ミンギ)
一方、さる1月15日から24日まで、大学路ハクジョン
ブルーで大盛況裡に開かれた‘キム・グァンソク 再会-99フォークフェスティバル’では、キム・グァンソク追慕熱気が一気に高まった.
98年11月結成されたキム・グァンソク追悼事業会(会長
キム・ミンギ)は、今回の公演を契機にキム・グァンソク献呈アルバム製作に拍車をかけるようにした.
30余チームが参加した、今回の公演を通じて曲と演奏チームは、だいたいの輪郭が得られたと明らかになった.
はじめは、ライブアルバム形式とする考えだったが,
音盤の質を考慮し、スタジオアルバムに方向を定めた.
彼らでなく、チョー・ヨンピルやキム・ヒョンシクなどは献呈レコードを受けるだけの人として数えられる.
キム・ギュウォン 記者
gim@mail.hani.co.kr
ハンギョレ21 1999年 02月 04日 第244号 .
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