文 シン・ウルジン記者 / 写真 キム・ヨンヘ,
チョ・ヨンチョル記者
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男たちが服を脱いだ. 韓国ヌードモデル協会 所属
バン・チャンファン/ジョン・スンチョルさん(25).
‘ヌード’といえば、いまだに顔を紅らめる人が多いのが、私たちの現実だが、彼らは‘殻を脱いだからだ’で何をいいたいのだろうか?.
“女のからだに劣らず、男の身体も美しい芸術作品になれるということを見せました.
自分のからだが表現できる美しさを見せることが私の職業であり,
私が堂々としていれば、ヌードモデルを見る人々の視線も健全になりえると考えます.”(バン・チャンファン)
まだ一般にはなじみがうすい、男性ヌードモデルの世界.
女性ヌードモデルと同じように、彼らはやはり美術、写真、広告、パフォーマンスなどの広範囲な作業に参加し、芸術的な美しさを表現する専門職業人だ.
ヌードモデルがポルノ俳優程度に誤って認識され、モデル自らも顔を隠したまま活動した時期もあったが,
彼らは堂々と顔を公開して活動することによって、大衆にきちんと認められようとする.
現在、国内で活動しているヌードモデルは 5百余人.
性に対する認識が西欧社会に比べて保守的な国内で、最初に顔を明らかにした人は、現在、韓国ヌードモデル協会々長
河ヨンウンさん(30). 河ヨンウンさんによって、96年 6月公式的な協会が創立され、インターネットを通じて知らされたヌードモデル
李スンヒが世界的なスターとして脚光を浴びながら、ヌードモデルを見る人々の視線も大いに変わった.
バン・チャンファン
ジョン・スンチョルさんも、やはり河会長によって抜擢されて活動しているヌードモデルだ.
一定期間のトレーニング過程を経て、7月から本格的な活動に入っていった.
写真同好会が主催するヌードモデル撮影大会が初めて舞台だったというジョン・スンチョルさん.
馬山と全州で開かれた行事は、野外で進行され,
一般人の出入が統制されはしたが、5百人という、多くのプロ及びアマチュア写真家の前で初めて服を脱いだ.
“野外だったせいか、初めのうちは非常に緊張しました.
恐ろしくもありました.
ところが、さて服を脱いで舞台に立ってみると、落ち着いてきたのです.
人々の視線に神経を使わないで、自分自身にだけ神経を集中しました.
ポーズをとりながら、次第に自由になっていくことを感じました.”
バン・チャンファンさんもやはり、初めて服を脱いだ瞬間には、人々の熱い視線に身の置き所もなくて、顔が紅潮した経験もあったが、今はかなり‘図々しく’なったという.
ヌードは猥褻ではない,
芸術だという確信で精神武装したためだ.
‘芸術的なからだ’を作って維持するために、彼らが行う努力も、他の職業に劣らず凄絶だ.
舞台に立つ前は、酒・タバコを自制して、パンツもはかない.
自ら‘ヌードモデル浪人’だと話すバン・チャンファンさんは、身長
177cmに 70kg, 30インチのすらりとしたスタイルが自慢だ.
高等学校を卒業して、事業をしようと、携帯電話ビジネスから始めた彼は,
その
後、ジャズカフェの仕事をしている途中で山中に入り、猟犬を育てて暮らしていた.
人が好きで、楽天的な性格の彼は、人が恋しくて、また世の中に帰ってきて,
どのようなことをしようかと悩むうちに、ヌードモデル協会があるということを知った.
普段から運動が好きで、スタイルには自信があったため、すぐに電話をかけた.
河会長は、一度来てみるようにと言った. 協会事務室をで訪ねた日,
メジャーであちらこちらのサイズを測った河会長は、“腰が太すぎてだめだ”と、ひじ鉄砲を食わせた.
ひどく自尊心が傷ついたバン・チャンファンさんは、その日から涙が出ようなダイエット作戦に突入した.
水泳とジョギングの時間を2倍に増やして, 食事は一日 1回に減らした.
腹ぺこをかかえながらも、シャワーを浴びたかのような汗を流す程、自転車に乗った.
ひもじくて倒れそうになれば、豆腐だけで腹を満たした.
そのようにして14日を送ると、77kgだった体重は 70kgに減って, 33.5インチだった腰のサイズが
30インチになった. また電話をかけて、“会長様,
絞り込みました”と報告して、また訪ねた.
変わった姿も良かったが、河会長は彼の‘根性’が気に入って合格通知を出した.
彼のダイエットは今でもずっと続いている.
少しでも多く食べても身につく体質のために、夕方はほとんど食べない.
食べ物の誘惑に揺れそうで、チュソク(註;秋夕.旧盆のこと)にも家に帰らずに体育館で運動をして過ごした.
現在、檀国大 体育大に在学中のジョン・スンチョルさんは、174cmの身長に65
kg, 腰は28インチの整った、バランスがいいスタイルの所有者だ.
専攻は陸上短距離.
体育専攻らしく、永らく運動で鍛えられたスタイルが、河会長の言葉によれば
‘けちのつけどころがないほど完璧だ’.
学校に通いながら水泳講師職をしたのだが,
人を教えるよりは自分でなにかをしたいと考えていた時に、ヌードモデルという職業を知った.
“韓国にきた李スンヒさんを見ながら、ヌードモデルも堂々とした職業人になることができると考えました.
裸のからだがそのように美しくありえるというのも魅力的でしたね.
ぼくのからだで何かを表現したいという強烈な欲望に捕われました.”
しかし、バン・チャンファンさんとは違い、ジョン・スンチョルさんはヌードモデル協会があるという事実を知らず,
協会を訪ねるまでに相当な時間がかかった. 一般的に身長175cm以上と決められている基準に
1cm足りない身長だったが,
河会長は彼の見事なスタイルと謙遜で明るい態度を見て、その場で会員に受け入れた.
今でも一日 2時間以上ずつ運動に励んで鍛えているジョン・スンチョルさんは、つらい運動を終えて汗まみれになった自分のからだを見る時、美しいと感じるという.
運動をするときには、色々な動作を研究し、ポーズで連結させたり,
決まった時間ごとに映画とビデオを見ながら演技の練習もする.
一人でいる時間には、音楽を大きくかけながら鏡の前に立って、頭の中に浮び上がる動作をからだで表現する.
“すればするほど難しいですよ.
ヌードモデルは他の仕事とは違い、からだの表情で精神世界を表現しなければならない職業です.
胸の中にある世界を、どのようにそとに引出してよく表現するかが、いつもの悩みなんです.
より良くしたいのに、いつも何かが足りないと感じます,
そのような時が最も苦痛ですよ.”
舞台に立つ日が決まれば、その時からより徹底した準備に入っていく.
酒・タバコを自制することはもちろんで,
からだを締め付けるパンツなどの下着とくつしたもはかない.
からだに跡が残ってはまずいためだ.
この頃のように、乾燥する季節にはボディーローションやオイルを塗って、皮膚が乾燥することを防ぎ,
突然にきびなどができないように、粘り強く皮膚管理をすることも必要だ.
徹底したプロ根性と‘気概’が必須条件
“ヌードモデルに特別に決められた定年や基準はないですよ.
身長が小さかったり大きかったり、ちょっと肥満でも、主題によって美しい内面を演技できればいいのです.
そのような外的な部分より重要なのは、自信なんです.
人々の前で服を脱ぐという恥を克服できる自信がなければ、どんなにスタイルが立派でも、良いヌードモデルになれません.
健全で明るい精神状態も必須条件です.”
河ヨンウン会長は、全身で表現をやり遂げる内面演技も自信に劣らず重要な条件だと話す.
こういう表現が正しくできない場合には、猥褻的で卑らしい感じを与えて、芸術作品になることができないためだ.
一般的に、男子ヌードモデルの外形的な条件は、身長 175cm以上,
骨格がしっかりしていなければならなく,
腰が太すぎたりして均衡がとれていなければだめだ.
からだに傷痕や入れ墨がある人もヌードモデルになることができない.
最近になってからは、ヌードモデルになりたいと協会に問い合わせをする人々が多い.
ヌードモデルに対する世間の認識が大きく変わったという証拠だ.
河会長は、彼らのからだを見る前に、徹底した面談を通じて、ヌードモデルに必要な‘プロ意識’と‘気概’を揃えているかをまず把握する.
‘就職できなくて、ヌードモデルでもしようかと思って’とか、あわただしく‘どんな仕事でもできるようにしてください’という人は否応無しにその場で帰す.
公式的な名前を掲げた唯一の協会であるので、色々な人々が訪ねてくる.
淫らな電話で困らせる人もあれば,
竹刀を持った組織暴力団員たちがモデルをしたいと訪れたこともあった.
‘だめだ’という河会長に‘何故、俺がだめなのか’とごねる人々もいる.
バン・チャンファン
ジョン・スンチョルさんたちは、言わば、韓国男性ヌードモデルの先駆けというわけだ.
彼らの活動を通じて、人々は男性ヌードモデルの世界を理解するようになるはずで,
新しい認識を持つようになるはずだ.
真のプロになるために、彼らは今日も汗を流して、厳しい練習と訓練を続ける.
“男の肉体には、女のものとはまた違う感じと美しさがあります.
女性ヌードが豊満なボリュームと曲線で表現されるならば、男性ヌードはデコボコの筋肉と皮膚の上に浮き出る血筋の一つ一つがダイナミックさと力という、生命力を表現することができます.”
(ジョン・スンチョル)
彼らが自分の職業に対して持つ自負心はたいしたものだ.
しかし、まだそのような彼らを理解できない家族等の反対と周囲の好奇心に充ちた視線は、時としてひどい苦痛になることもある.
2男4女の末っ子のジョン・スンチョルさんは、家族の前で‘ヌードモデルになる’と宣言してしまい、しばらくは文句ばかりを聞きながら暮らさなければならなかった.
学校を卒業すれば、どこかの学校で体育教師をすると考えていた親戚たちの失望も大変だった.
それでも、信念を曲げないで説得したおかげで、いまは父を除けば、大きく反対する人はない.
上に姉三人をおいている一人息子のバン・チャンファンさんは、ナレーターモデル業をしていると、家族をだましていたが、ちょっと前に新聞にインタビュー記事が載って、それでばれた.
以前は、‘モデルというのも、いろいろな仕事のひとつ’だと考えていた仲間たちがヌードモデルという言葉によって彼を非難したが、今はそれもあきらめた.
彼の履歴が物語るように、非常に大それた野郎だから止むを得ないと考えて断念してしまったのである.
今では、真のプロになって家族と大衆の認められる日も近い.
このように、男性モデルは、哀歓も多く、血涙を流すような刻苦の苦痛が伴いながらも,
したい仕事をしているという幸福感が苦痛を忘れさせる.
全身で表現をやり遂げる自由な世界,
すべて脱いだ男たちの美しい勇気が堂々としている.

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